第37話 風殺のエンサー
「ここは……」
「お目覚めになりましたか」
エンサーさんの意識が戻った。一度に魔力を大量消費する事で起こる魔力酔いは基本的に休めば回復する。後は栄養をつけて安静にしていればいい。
繰り出される質問の数々に答えてあげると、落ち込む様子を見せた。
「そうか……。無様なものだ」
「そんな事ないですよ。おかげで誰も死にませんでした」
「魔術式を持ちながら、あえて冒険者をやる……か」
「あの?」
なんだか思い出にふけっているのかな。目を閉じた後、歯ぎしりをしている。
悔しさが見て取れるけど、私から何か言えるはずがない。
「魔術式が刻まれているくせに、あの程度の魔物で手一杯とはな。まったく……あえて、あえて、あえて。思い上がりに甚だしい」
「思い上がりだなんて……」
「魔術式を持つ者ならば、単独で一級を狩れても不思議ではない。俺はせいぜい二級を三匹、いや。二匹か。フ……フフフ」
「あの、お客様。あまり思いつめないほうがよろしいかと……」
私より十歳ほど年上と思われる人だ。ましてや女の子の前で泣けるわけがない。
だからこそ必死に堪えているのかな。なんて、それこそ思い上がりか。
「とある国の貴族家に生まれた俺は兄達と同じく宮廷魔術師への道を約束されていた。うまい飯も食えて綺麗な服も着られる。欲しいものは何でも手に入る。たまにどこぞの偉い奴と会ってヘラヘラと愛想笑いをしていればいい。いい未来が確約されていた」
「貴族家の生まれだったんですか……」
「だが、俺は嫌だった。別に窮屈とかじゃない。不満もなかった。昔からどうにも捻くれた事をやりたがる性分でな……。誰もがソースをかけて食べる料理をあえてそのまま食べる。近道をせずにあえて回り道をして、探されて怒られる……。そんな事を繰り返すのがたまらなく楽しかった。いつしか、決められた未来からも外れたくなったのだ」
親も難儀しただろう、と口には出さない。私とはかなり事情が違えど、この人も貴族家の生まれか。
本当にかなりどころか比較していいのかわからないくらい違うけど。
「何せ俺には魔術式がある。わざわざ国で飼い殺しにされる未来に飛び込む必要があるのか? そう考えれば考えるほど、あえて自分の力を試したくなった。宮廷魔術師の道を断ってケンカをして家を出て……自由になったのだ」
「それで冒険者の道に?」
「冒険者になりたいわけでもなかった。それでもあえて選んだのは、単に優越感に浸りたかっただけだ。あいつらと違って俺には魔術式が刻まれている、とな。案の定、圧倒的だった。飛び級で二級に昇級、周囲は持て囃すが誰ともパーティを組まなかった」
「それもあえて、ですか?」
エンサーさんが頷いて、無言の肯定をした。
あえて、なんて言ってるけどこの人は自信家なだけだ。自信があるから人と違う事をやってみたくなるし、何とかなると思ってる。
冒険者ギルドで会った時も、割り込んできて武勇伝を語ったのが何よりの証拠だ。だけど今はその自信が揺らいでいる。
「魔術式が刻まれようとも、きちんと訓練をしなければいけなかった。思い返せば兄達も必死だった。俺が捻くれている時も昼夜問わず魔術の研究に打ち込んでいた……」
「魔術式に対する理解を深めないといけませんからね。人によってはずるいと言うでしょうけど、傍から見えるほど楽じゃないんです」
「やはり君にも魔術式が刻まれているのだな……。俺を助けられるわけだ」
「あ、いえ、その」
喋りすぎた。いや、隠す必要はないんだけど、この場の空気に合った発言じゃないというか。
この人のプライドを刺激しかねない。なんて、私もまたまた思い上がってしまった。
「取り繕わなくていい。俺はもう疲れた……。冒険者を引退するつもりだ」
「そんな! いいんですか?」
「大した思い入れもないまま始めたのだからな。こんな人間がいつまでも二級に居座れば、やっかむ者もいるだろう」
「そんな事ないですよ」
「慰めはいい」
「いえ、本当です。少しだけお待ち下さい」
私が食堂に待機している冒険者達に一声かけると大挙として押し寄せてきた。
この狭い部屋に入るかという数で、廊下にまで冒険者が立っている。
「エンサーさん! 気がついたのか! 心配してたんだぞ!」
「すまねぇ! 俺達が不甲斐ないばかりに、あんたに負担かけちまった!」
「あんな意味不明な魔物に一人で立ち向かったんだよな! すごい人だよ!」
困惑するエンサーさんに構わず、冒険者達が惜しみない賞賛の言葉を送った。
これで気づいてくれるはずだ。少なくとも、ここにはエンサーさんをやっかむ人なんていない。
「お、お前ら……。当たり前だろう。俺には魔術式が刻まれているのだからな。すごいも何もない」
「すごいにアレもコレもあるかよ! 魔術師って奴は小難しい事を考えるんだな!」
「怪我人も大事には至らなかったんだ。あんたがこの討伐に参加してくれなかったら死んでいた」
「体を張って俺達を逃がしてくれたんだ。かっこよくて痺れて……惚れちまうよ」
ベタ褒めの嵐に、さすがのエンサーさんも黙ってしまった。顔を伏せて、また何かを堪えている。
「馬鹿が……。俺はお前らを……」
「もう小難しい事を考えるのはやめて、素直になりませんか?」
「……あえて、か?」
「そう、あえて素直に!」
そうは言うものの、エンサーさんはなかなか顔を上げなかった。小刻みに震えて、シーツを握る。
声が漏れ出ているから泣いているのはバレバレなんだけど、私はあえて黙った。
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