第1話 物語に色々設定を入れると、終わらせるのに苦労する

 四月。変わりの時節である。学生なら入学式や新学期、社会人なら入社式や部署が変わることがあるだろう。あるいは、新生活を始める者もいるだろう。いつもながらの朝の満員電車は気のせいか活気があるように見える。


(自分には関係ないけどな)


 くたびれたスーツを心なし直しながら、男はそう思った。三十路にもなるとそう変化はない。四月になっても、ただ単に月が替わっただけのことである。人の流れに乗って、いつもの通勤路を行く。

 向かう先は、文部科学省の下、地方文化局の物語終了課。

 彼はその係長、本間 続ほんま つづくという。


(あ、そういや、新人が来るんだったっけな)


 ぼんやりした頭で本間は思い出したが、それも大したことではないと頭をふった。


小牧真子こまきまこ上から読んでも下から読んでも小牧真子です。よろしくお願いします!」


 新人らしいハキハキした声が課内に響く。肩まで伸びる髪に、ゆるくかけられたパーマ。女性ファッション誌に出てきそうな女の子だ。続く課員の自己紹介が一通り終わると、周りは通常業務に戻った。


「小牧さんの席はここ。最初の基本は俺が教えるけど、わからないことがあったら隣の遠藤に訊くといいよ」


 本間が言うと、

「よろしくお願いします!」

 と勢いよくお辞儀する小牧、対照的に眼鏡をかけた真面目そうな男は座ったままこくりと頷いた。


 係長である自分ではなく、古株の係員が新人を教えるのが普通なのだが、これには理由がある。

物語終了課ではいろいろなジャンルの物語を扱うが、人によって向き不向きがあるのだ。係長としては新人を教える過程でそれを見極めて、適切に仕事を振り分けたい。


「まずは、物語終了課について説明しようか。あまり聞いたことのない課だろうからね」


「あ、大丈夫です。ここに入りたくて色々調べたんですよ。物語が好きで好きで大好きでして。物語を紡ぐ作業にぜひ参加したかったんです! それだけではなくて」


「ああうん、ここ面接じゃないよ。もう入っているからね」

 目を輝かせて語ろうとする小牧を本間が遮る。


(どうかねぇ)

 やる気があるのはいい。希望した課に入ることは、本人はもちろん受け入れる側としても喜ばしいことだ。普通の課であれば。


 物語終了課は、漫画でいう打ち切りをしているようなものだ。

 強制終了という者もいる。先の展開を心待ちにしていた読者にとっては、ギロチンだ。 

 なにせ終わりは十ページ以内で済ませてあるのがほとんどで、当然そのページ数では無理な詰め込みが発生する。

 とはいえ、短いページ数でやりくりするのは、それだけこなさないといけない未完の物語があるからだ。


 だが、物語が好きな者はサクッと終わらせることができない。物語に入りこめば入りこむほど、ちゃんと終わらせようとして長く長く書いていく。

中には元の物語以上に書いてしまった者もいる。これではいつまでたっても仕事が終わらない。つまりは――


―物語好きは物語終了課に向かないのだ。


(最初からそういう目で見てはいけないな)

本間は気をとりなおしてファイルを取り出した。


「原則、一つのファイルに一つの物語だ。基本、データで上がってきた未完の物語を終了させて一緒に印刷して綴じるんだよ。その時、境目に付箋を貼るのを忘れずに。最後に回覧印に担当の印を押して係長に渡す。後は係長、班長、課長、部長と順に回覧する。何か指摘事項があれば赤ペンをして返す」


「はい」

 ファイルを受け取り、早速パソコンに向かおうとする小牧を本間は手で制す。


「あと、これらは物語終了課の標準装備。常時携帯しておくように」

 と、ガラケー、ポメラ、鈴、日本刀を新人の机の上に置いた。


「えーっと、ガラケーとポメラはわかるんですけど。ポメラって超小型パソコンみたいな文字書きには便利なやつですよね。文字しか書けませんけど。ん?」


 小牧が首をかしげ、紐のついた鈴を振る。

 予想と違い、リンとした音もなく鈴は下に垂れた。


「この鈴、鳴らないんですけど……。それに日本刀?」


 戸惑うのも無理はない。

「物語終了課の存在意義はわかるか、新人」

「未完の物語を終了させることで、人を安心させるですよね」

「そう、それは表向きの理由だ。本当の理由は……」

 本間が言いかけた時、


―りーん


 と涼やかな鈴の音が鳴った。先ほど小牧がなんど振っても無音だったのが。

 呼応するように、ファイルの中の紙が暴れるように飛び出す。

 ファイルに入っていた以上の大量の紙が吹き出すように天井まで上がり、舞い落ちていき、周りを白く侵食していく。

 仕事中のざわめきも、パソコンのキーボードを叩く音も消えていった。


「なんですか? これ」

「終了していない物語は、ごくまれに暴走して人を飲み込む。だからきっちり終了させなければならない」

 

 白い視界が晴れ、音が戻ってきた時には、二人は事務所ではなく戦場にいた。

 耳をつんざくような爆撃音、舞う砂ぼこり。

 しかしながら、景色はどこかで見たようなビル街。


 本間は冷静にガラケーを取り出して電話をかける。

「遠藤! 新人と一緒に飲み込まれた。該当の物語をポメラへ転送してくれ」

『はいはい』

 呆然と立っている小牧に、本間はポメラをもう一度手渡す。

「初仕事だよ。このポメラに物語の続きを書くんだ。書いたことはこの物語世界の現実となる。そして、物語を終了させなければ、我々はここから出られない」

「ええええええええええ!!」

 


 今回の物語は、怪獣の襲来。舞台は現代日本の東京と、さほど現実と変わりはない。

 現状は怪獣を撃退するために自衛隊が出動しているところ。

 と安全なところまで避難して確認した。


「で、何が問題なんだ。普通ここは秘密兵器やら、過去の研究とかで怪獣を倒す術が見つかるところだろ」

 本間は通話をスピーカーモードにして、遠藤に訊ねる。


『それが、地球の物質で作られたものでは、一切傷つかないという設定がありまして』


「なら他の怪獣と相打ちに」


『この怪獣が世界唯一の怪獣と書かれてますね』


「倒せなくとも眠らせるとか」


『約3万年眠っていたため、起きてからはずっと興奮状態で破壊し尽くし、あと百年はどんなことをしても眠ることも仮死状態になることもないと書かれてます』


「なんでそんな書かなくてもいい設定ばかり」


『作者の角戸 完かくと かん曰く、縛りを入れてみたら楽しいかなと思って♪、らしいです』


「それで未完とかアホかあああああ! クソ迷惑め!」


『何も解決策を思いつかなったんでしょうね』

 淡々と遠藤は言い、

『ああ、頑張ってください。そうそう、国連が約7時間後に東京を爆撃することに決めたらしいです』


「なっ!?」


『暴走した物語はとりあえず、定石どおりに動こうとしますからね』


 遠藤の話を聞いた小牧が項垂れていた顔をぱっと上げる。

「いまのどういうことですか。ここで死んだら……」

「死ぬよ」

「ひぃ」

 小牧の顔が歪んだと思うと、目に涙が浮かぶ。

 それを見て心苦しくなって、本間が口を開こうとすると、

「初出勤日にさえない上司と死ぬなんて」

「おい、お前な……」

 意外と神経は図太いようだった。



 国連が爆撃するまで7時間。それまでに、東京を出ることも考えたが、交通網は怪獣の襲撃で死んでいた。

 物語の中に入ってしまった以上はそこらへんのモブ扱いなので、優先的に逃がせてもらうわけにもいかない。

 街頭のテレビは避難情報や怪獣の現状を繰り返し流している。

 怪獣は東京の中心にまで到達したようで、小さく遠くでビルがなぎ倒されているのが映し出されていた。

 緊急事態を報せる警音がどこまでも鳴り響く。


「さて」

 過去見た怪獣映画やエイリアンものを思い浮かべながら、本間は手元のメモにすらすらと箇条書きで書いていく。

「どうしましょう……」


「まあ、どうにかなる。最悪、大臣承認が必要だが『夢オチ』を使わせてもらう。その前に、これらを全部試してみてくれ」

 先ほどのメモを小牧の手の上に置く。

「私がこれらを話に仕上げるんですか?」

 手は震え、不安げにこちらを見上げる。

 安心させるように、本間は口元を緩ませた。

「初仕事と言っただろう。大丈夫、できる。物語を終わらせよう」



「て、いいますかなんですか。怪獣倒すのに、隕石で作られた日本刀で刺すとかふざけてます?」


 文句を言いながらも、小牧はポメラへ文章を手際よく打ち込んでいく。

 さすが物語終了課へ採用されるだけある。


「地球の物質で作られたものは駄目というからさ。しかも、実際に隕石で作られた日本刀は存在する。そのうえ、日本刀は物語世界ではヘリを真っ二つにできるわ、銃弾は弾くわ、人の服だけを斬ったり、化物を倒すことができる便利万能チート武器だぞ。物語終了課が護身用に携帯するのはそのためだしな」


 むしろ現代日本とかだと銃刀法違反で逮捕される危険性もあるので状況次第だが。


「あと、弱点を音楽や歌に設定して大音量流すとかパクリじゃないですかあ」


「いいんだよ、そのまんまじゃなければ。二番煎じ上等。物語を終了させるのに新鮮味もオリジナリティもなにも必要ない」


「じゃあ、ウルトラマン登場させて、怪獣を倒してもらったらいいじゃないですか。だって、ウルトラマンの正体あれだし」


「それは著作権でアウト」

「ええ」

 小牧が不満気に口をゆがませるが、アウトはアウトだ。ヘタに民間と争いたくはない。

「同じ理由でドラえもんもなしだ」

「じゃあ、じゃあ、日本オタクな宇宙人が助けてくれるというのはありですか?」

「なにそれ」

「アニメとか映画とか勝手に電波受信して楽しんでいる宇宙人がいてもいいでしょう」

 一瞬、空飛ぶ円盤の中で日本のアニメを鑑賞して喜んでいるグレイっぽい宇宙人を想像してしまった。

 なんというか似合わない。


「ギリセーフとしよう。だけどさ……」

「はい」

「日本オタクな宇宙人なら、この状況楽しみそうじゃないか」

「たしかに……」

 

 

 そんな無駄口を叩きあいつつ、小牧が最後のエンターキーを押した時には、警音をかき消すがごとく怪獣の断末魔が響いていた。

「え、まさか隕石の日本刀が効く?」

「試してみるもんだな」

 テレビではヘリ中継での映像が流れていて、怪獣が横倒しになりその腹に刀らしきものが刺さっているのが見える。

「初仕事、お疲れ様」

「はい!」

 新人の手の中のポメラが眩い光を放ち――



 **** 


 元の事務所のざわめきが戻ってくる。淹れたてのコーヒーの香り、カタカタというキーを押す音、窓の外には桜の木が静かに揺れていて、爆撃音も警報の音もなくなっていた。

「戻って来た――――!!」

 くるくると回り新人が歓喜の声を上げる。

「お帰りなさい」

「おう」

 遠藤に応えて、本間は片手を上げた。

「あ、係長、ご旅行いってる間に仕上げたやつ、机の上に置いてるんで見てください」

「うわ……」

 机の上に塔のごとく積みあがった物語のファイルを見て、本間は溜息をついた。


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