第40話 愛は人を救うことだってある2
手足を縛られ、目と口を塞がれた。車で動いているのはわかるが、左右どちらかに曲がったというのはわかっても、どこにいるのかはもうわからない。
私用も公用の携帯のどちらも奪われた。
携帯さえあれば位置特定ができるはずだが、その知識はチンピラだって知っているだろう。
コール音が響く。
『よお、本間君。仕事中じゃないのかね』
楽し気な都道の声がする。本間の携帯でチンピラは電話をしているのだ。
番号で画面をロックしておくべきだった。今更、後悔しても遅い。
「よう、トドさんよ。ちょっくら話いいか」
『やあ、キンピラじゃないか。お久しぶり。今日も元気にナイフで鉛筆削るみたいにササガキにされて、砂糖と醤油で甘辛く炒まれてるかい? ちなみにトドでもオタリアでもアシカでもないぞ、オウオウオウ』
「うるせえ。その口、永遠に閉じさせてやる。てめえの仲間は預かっている。無事に帰してもらいたければ、三時間以内に拳銃で自殺しろ」
『ほー』
都道が感心しているような声を出す。
「当たり前だが警察には言うな。言ったらてめえの仲間の命はない」
『こちら警察ですが、どうぞ』
なぜ都道は挑発するようなことを言うのだろう。
「んなことはわかってんだよ! てめえの他の奴にってことだ!」
『はいはい。場所は指定とかじゃないのかい? どうやって確認する?』
「警官が銃で自殺すれば、ニュースになるだろうが」
銃一発撃って人に当たってなくとも、ニュースになる銃社会でない日本だ。
適切な使用が求められ、たとえ人が死んでなくとも話題になる。
『ほう。私が死んでは本間君が無事に帰るかどうかは確認できないのだが?』
「信用しないならしないでいい。本間君とやらが死ぬだけだ」
そうだ。これはただの逆恨みだ。都道が自殺するかしないかは関係ない。意趣返しさえできれば、チンピラにとってはいいのだ。
となれば、自分の命はいずれにしてもない。
―死ぬかもしれない。
心臓が一際大きく鳴り、体の重さの感覚がなくなったような気がした。
『わかった。流石に現時点で本間君が無事かは確認させてくれるだろう? 声を聞かせてくれ』
「ああ」
チンピラはそう言って、本間の口を塞いでいたガムテープを剥がした。
「都道、お願いがある。俺が死んだら、姉と両親に愛していると言ってたと伝えてくれ」
普段なら気恥ずかしくて言えないことだが、最期になってしまうなら。
『そのお願いは聞けないな。自分の声で伝えるべきだ』
「ああ、そうだ。そうだな」
都道は諦めていないのだ。何も情報がないというのに。
そういう男だ。いつも余裕に満ちた顔をして、何でもこなす。
「都道……」
『そうだ。この通話は録音している』
―心臓が止まったような気がした。
「消せ! 今すぐ消せ! いいから消せ!」
頭を抱えたくとも縛られてできないので、本間はジタバタと動く。
『いやあ。録音していればさ、特定の地域でしか鳴かない昆虫とか、地域放送とかで位置特定できそうじゃないか』
「やーめーろー! できるわけないだろうが! しかも犯人のいる前で言うか普通! 場所は移動するから無駄になるから消せ!」
『良いじゃないか。日頃、愛情表現をしないから本間君はモ~テナ~イ』
「うっさい! うっさいわ!」
『ちなみに、私は毎日カミさんに愛していると言っている』
「知るかよおおおお!」
『本間君もお姉さんに『世界一の姉』だとか言ったらしいじゃないか』
「ちょっ、あっ。それはっ。酔ってたというのもあって」
顔に熱が集まっているのを感じる。もう縮こまって小さくなってしまいたい。
いや、待て、なぜ都道が知っている。
「や、お前な! 姉さんから聞いたのか?! うちの姉さんに変なことを吹き込むんじゃないぞ! 純粋なんだからな!」
ケラケラと笑う声が聞こえてくる。人が誘拐されているのに。
『酔っぱらってか。そういえば大学生の時、ぐでんぐでんに本間君が酔っぱらってさ、不一家のペロちゃん人形に抱きついて情熱的に愛を囁いていたことがあったね。面白すぎて動画でとってある』
「おおおおい! それも一緒に消せ! 消してくださいお願いしますっ!!」
冬なのに、恥ずかしさで体が熱い。
『じゃあ、またな本間君』
「都道?!」
返事はない。通話は都道の方から切ったらしい。
「もう駄目だ。死にたい」
本間はぐったりと伸びた。車の後部座席では全身は伸びないが。
「何なんだ。てめえらは」
チンピラがかなり引いているのはわかる。わかるが一緒にしないで欲しい。
「もういっそのこと殺してくれ」
「人質が何言ってんの?!」
「恥ずかし過ぎて死にたい。もう無理」
「待て待て! なんかやりにくいから生きよう! ペロちゃん、いい女だよ。オレだってセクシーだと思うよ。生きよう!」
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