第41話 おおかみ3

 母はいつもいない人だった。

 いてもいない人だった。

 

 私が居ても、いないものとしてくる。


 泣こうがわめこうが目を合わせない。

 いつしか大人しく、物のようにいるのが、母のためなのだと思った。


 思ったのだろう幼い私は。


 雨の日、曇ったガラスに文字を書くのが好きだった。音が出ないし、じっとしていられる。

 おそらく、同じ年の子より文字が書けたし、読めた。


 ずっと空想の世界で遊んでいた。

 私はどこかのお姫様で、王子様が来てくれる。

 母はいじわるな継母で、本物の母はあたたかく抱きしめてくれる。

 

 でも母が私を見てくれないのは、私がいい子ではないからだ。

 いい子なら、かまってくれる。


 わるいこは食べられてしまえばいい。

 あかずきんのように、オオカミに食べられてしまえばいい。



  むしゃむしゃむしゃ

 

  わるいこはたべる

  むしゃむしゃむしゃ


  おおきなおおかみさんは

  わるいこをたべる


  むしゃむしゃむしゃ 

             


 チラシの裏に書いていった。書いていくうちに長くなっていった。

 

 よく覚えている。

 紙がふわりと浮いて、文字が次々と現れて踊った。

 こわくなって払ったら、紙がストーブの口に入り込んでしまった。

 近寄ると火が上がったので、後退りした。

 紙が燃えていく中、『ママ』という文字が見えた。



 

 それから、母を見ていない。

 火災から助けられた私は、遠い親戚だという本間家に預けられ養子となった。


 母がどこにいったのかは、誰も知らなかった。

 誰も話題に出さなかった。

 きっと、どこかへ行ったのだろう。


 高校生の時までそう思っていた。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る