第117話 職業病は意外と深刻
「もう駄目だ。脳が終われと言っている。いつまでたってもストーリーが映像になってぐるぐるする」
頭を抱えた本間の訴えに対し、都道は今回は姉の話題じゃないんだなと思った。
いつもの居酒屋のいつものカウンター。
値段と旨さがちょうどよく、他の店に行くこともあるが、やはりここだと返ってくる。
「仕事が忙しいのか?」
「いや。残業は減ったんだ。早く帰って、姉と晩ごはんを一緒に食べられるようになった。一緒にドラマを見る機会も増えたんだ。米国ドラマを見たのがいけなかった」
「ほー」
都道は適当に相槌をうち、旬の夏野菜の天ぷらに手を出す。口の中がほくほくする熱さがあるうちが一番美味しい。
「米国ドラマはな。シーズンの最終回で必ず次を気にさせるような終わり方をするんだよ。銃声で暗転したり、殺人鬼が実は生きていたようなアイテムでほのめかしてきたりさ。なのになのにだ。続きが翻訳されてなかったり、俳優が麻薬で捕まったり、視聴率が悪かったのか制作されずに未完になる。うぅ、未完」
「気にするな。君の仕事じゃないだろ」
本間がカウンターに突っ伏し、食べる気がないようなのでハモの天ぷらも頂く。日本酒がよく合う。余った抹茶塩ももったいないくらいだ。
「わかっている。仕事じゃないことはわかってはいるんだ。だけど、脳が勝手に続きを考え出す。頭の中がいっぱいになる。どうにかするには、書くしかないんだああああ」
「職業病か」
毎日毎日、物語を終わらせる仕事をしているのだから、仕方のないことかもしれない。物理で終わらせれば悩まずに済むのに。
次は何を食べよう。
「書いたらどこかに出したくなってしまい。ネットに出したら、なぜか『違和感のない終わり方。プロの仕事』と海外ドラマ好きの中で評判になってしまった」
「ある意味プロだな。お金をもらっている」
「更には英訳され、米国の物語終了課から感謝状が贈られた。違う! お前らを楽にするために書いたんじゃあない!」
と本間がハイボールをぐいっと飲む。やけ酒だ。今日はペースが早そうな気がする。
「なんだ、涼しい顔して。都道に職業病はないのか?」
案の定、ぐだっている。
「そうだな。目をそらしたり、駆け出す人を見ると追いかけたくなるな」
「ああ」
「追いついたらだいたいデート中の同僚とか、R指定のビデオを借りる友人とか、逮捕する時にボコボコにした奴だったりする」
「やめて差し上げろ」
本間がため息をついて、ハイボールをぐるぐると回し始めた。
「もう本を読むのもドラマ見るのも、完結が保証されてなければ見ることができない。もう未完に休みにまで振り回されるのは嫌なんだ」
「プライベートは物語があるものから離れたらどうだ? テレビはバラエティ番組を見る。本は読まずに体を動かす」
「スポーツは苦手だ。社会人でやっている人は、部活での経験がある人ばかりだろう」
「サバイバルゲームをやらないか? 私が主催しているのに誘う」
「BB弾で撃つやつだろう。痛そう」
「次にやるのは水鉄砲だから痛くはないし、楽しいよ」
「まあ、それなら」
本間君は人の厚意を無下にできない。こちらとしては、楽しいおもちゃを確保した。
話がちょうど尽いたところで、本間が自分の天ぷらがないみたいな顔をしてくる。熱いうちに食べない方が悪い。
「おっちゃん! 注文」
「ハイッ」
本間が手を挙げると、大将ではなく若者がメモを片手に近寄ってくる。本間が『姉』と言う度にチラチラと頭が見えていた。
見覚えがあると思ったら、前に『姉』の話題で本間がからんだ男だ。
「夏野菜とハモの天ぷらに、砂肝と豚バラの串二本づつ」
若者は注文を復唱して、厨房に帰っていく。
「ところで、本間君。姉のことだが」
『姉』というワードに、若者の歩みがわかりやすく止まる。なるほど。
「先程のサバゲーに姉も誘うな」
「どうだろう。姉さんもスポーツ好きでもないし」
「来ると思うがな」
かわいい弟にちょっかい出す面白い機会だから。
そして、もう一つの楽しそうになる切っ掛けがゆっくりと近づいてきた。例の『姉』好きの若者である。
「あのう」
「ん? 注文の品がなかったか?」
本間はつい先日からんだ相手を覚えてないらしい。一度、ちょっと見ただけの人を覚えているというのは難しいだろうから無理もない。
「すみません。歓迎会の後にお見かけしたのですが、本間夏美さんのお兄さんですよね。僕は夏美さんと仲良くしてまして、お兄さんともお近づきになりたく。僕もサバゲーに一緒に参加させてもらえないかと」
二人してむせた。
本間は「ついに、ついにこういう日が来たかあああ。仲良く、仲良く」とぶつぶつ言っている。
かわいそうに。
心の中は予想外にいいことをしてくれたと大笑いだ。ありがとう。
「そうだな。来るといい。後で連絡先を教えてくれ」
本当に当日がとても楽しみだ。
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