第118話 他人の思惑なぞ、予想したところで間違っている

 水鉄砲サバゲ―、当日。

 本間が都道から指示されたのは、動きやすい服装で転んでもいいような長袖、軍手、水鉄砲。熱中症にならないようクーラーボックスに経口補水液を入れ、水に濡れるので替えの下着と服をリュックに入れる。

 

 水鉄砲はスペインの古典文学と同じ名前の店で購入した。マシンガンのように両手で抱えないといけない大きなものだ。

 姉はとてもノリノリで同じような黒い水鉄砲を買っていた。姉のテンションが高いのは、例の『仲良く』の男のためだろう。気分が下がるが、姉の幸せは自分の幸せ。

 サポートにまわるのは嫌だが、二人にしてあげてそっとしておこう。腹いせに都道を撃てばいい。



 ――と思っていたのだが。


「ところで、お姉さんは後から来るんですか?」


 なぜ姉歯という若者は自分についてくるのか。サバゲーの場所に行く道中のバスの中でも、隣に座ってきて話している。

 何をしているのか。姉は放っておかれて機嫌が悪そうにしている。いくら仲良くしている人の兄弟とお近づきになりたいからといって、当の本人をないがしろにするのはどうだろうか。

 

 姉歯はお姉さんがどうだこうだ言ってくる。姉は対外的には『妹』であるし、自分がいている姉が『本間 夏美』であることを知られては困る。

 姉歯の中では本間兄弟は四人いることになっているらしいが、二人である。

 普通に考えてそうだろう。誰が兄と弟、姉と妹を兼任していると思うだろうか、いや思わない。

 困ったことになった。

 その原因の元は、とても楽しそうにこちらをちらちらと見ている。


「残念だけど、姉はちょっと体調を崩してね。今日は来れなくなってしま」


「本間君はシャイだからね。姉が大好きでも周りの人がいると他人のふりをしてしまうんだよ。ちゃんと来ているのにねえ」


 都道はニヤニヤと余計なことを言う。とても楽しそうでなによりだ。後でたっぷり水をかけてやろう。


「ああ、いいですねそれ! 皆の前では恥ずかしくて、素っ気なくしてしまう弟! きっと後で罪悪感にさいなまれて、姉と二人きりになったらおずおずとくっつきに行くタイプだ。最高過ぎる!」


 どこに興奮するきっかけがあったのか。姉歯は立ち上がる。目は子供がおもちゃを与えられたかのようだ。

 

 ところで、こいつは本当に何なのだろう。



 ****



 サバゲーのフィールドは、民家からだいぶ遠かった。周りは林か田んぼで、騒いでも文句が出なさそうである。

 コンテナの建物が正面に、奥にはトタンの廃屋や木材の壁が多くある。撃ち合うのに雰囲気は合う。

 

 今回は水鉄砲戦で、本間は初心者なのでジャージだ。

 サバゲーを元々からやっていた人たちの多くは、迷彩服等で場にとても合っている。そして、都道もと思いきやいつもの黒ずくめスーツだった。


「都道、もしかして、いつもそれなのか?」


「実戦に即した方がいいだろう」


 余裕すぎて、水がたっぷり入ったバケツをひっくり返してずぶぬれにさせたい。それは後でやろう。

 にしても、こちらが着替えている間に準備をしていたらしい。水の補給は子供用プールを設置してあり、水風船が沢山浮いている。


「本間君はちゃんと着替えを持って来たかい? びしゃびしゃのバシャバシャの濡れネズミになるだろうからねえ」


 と都道は道化師のようにケタケタと笑う。


「おーおー、今のうちに言っているがいい。後悔させてやうぇ!」


 背中に突然の水圧と冷たさに振り向くと、姉がいた。半袖のセーラー服にあのごっつい銃を構えている。赤いスカーフに群青色の襟、それ以外の白が夏の日差しに眩しい。襟と同じ群青色のスカートが短い。膝が見えている。


「都道?」


 本間が都道をにらみつけるも、都道は「ん?」ととぼけている。


「セーラー服を指定をしたのはお前だろ」


「いいじゃないか、制服。丈夫だし、汚れてもいいし。水に濡れて肌にぴっちり吸い付くのも、なんなら下着が」


「許すかああああ」


 プールの中の水風船をつかんで、都道に投げつける。が、サイドステップで避けられた。水風船が地面に当たり、パシャンと音を立てる。

 

「おお、顔を真っ赤にして想像したか? したか?」


「んなわけ、なかろうがあああ」


 絶対に当てさせる。そうでないと気がすまない。水風船をつかんでまた投げつけるも、なぜか当たらない。


「ムキになるとは図星かな、図星かな」


「このやろおおお!!」


 やけっぱちになり、プールの水を両手ですくってかける。と、かけた先がいない。


「都道?」


 きょろきょろと周りを見ると、くすくす笑っている。予感がして後ろを振り向くと、都道の笑顔が見えた。よっ、という軽い掛け声で膝カックンしてくる。無様にも子供用プールにつっこんだ。頭までどっぷりつかる。


「おのれえええええ!」


 水風船を腕いっぱいに抱えて、都道を追いかけようとした。


「ものほん、ものほんの女子高生―!?」

「うおー! セーラー服と機関銃やん。写真とらせて。撮らせてくださいお願いします!」

「かわえー。お肌がきれい。太ももすべすべ」

「さわらせて、さわらせてー」


 内容はおっさんだが、女性らの声である。ビキニアーマー、メイド服、制服の肩に銃砲のっけている女の人もいるが、中身がおっさんだ。背中にジッパーはないが、中から出てきてもおかしくはない。

 姉はもう取り囲まれていた。


「……」

 呆然と見ているしかない本間に、ニヤニヤ笑いの気配がする。

「普通のサバゲ―では弾が痛いから、自由な格好ができないからな」

 だから今回はコスプレをしていると。

「……」

「本間君。あの女性の集団の中へ行って、制服は駄目だと言ってくるのかい?」

 爽やかな、悪魔の笑顔で都道が言う。

 

 本間はぶくぶくと子供用プールに沈んだ。

 深く深く底に横たわりたかったが、あまりにも浅かった。


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