第89話 姉弟ラブコメを読む弟と、それを見る姉(羞恥プレイ)
そんなこんなで、『私の弟がこんなにもかわいい』の本を読んでいる。
姉の監視の下で。
しんどい。
本間はソファーに背筋をピンと伸ばした状態で座り、本を少しだけ開く。妙な緊張感で顔がほてる。
本の中身はあらすじやネットで見た情報通り、姉弟ラブコメだ。
高校生の姉と小学生の弟。
姉は弟のことが好きで、好きで……GPSを仕込んでいる。
(犯罪か)
いや、小学生の弟だ。見守りのためのGPSなら、あり得るかもしれない。大人ならアウトだ。
弟は弟で、姉にべったりしている。人見知りで、姉の後ろにすぐに隠れてしまい、言いたいことを言えず、姉に頼りきっている。
自分が小さい時と似ていて、恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
本間は顔を本で隠す。本を持つ手が震える。
と、後ろに気配を感じ振り向くと姉がいた。びっくりして本を閉じる。
姉はソファーの背にちょこんと手をのせて、しゃがんでこちらを見上げてきている。少し姉の顔が赤い。
「どこを読んでいるのかなぁと思って」
「気にしなくていいよ、姉さん」
本間は後ろから見られないよう、本を傾けて読む。それに合わせて姉が居場所を移動する。
更に見られないように、体を斜めに傾ける。姉の姿勢も斜めになった。
そうやって文章部分を姉に見せないよう試行錯誤しているうちに、最終的にはソファーに仰向けになって寝っころがり本を読むことに落ち着いた。
背はソファーで塞がっているため、本の中身は見られない。
完璧だ。
「続のいじわる~」
姉から、サメのぬいぐるみ(IKEA)で腹を叩かれているが。
「いじわるじゃない」
今は、物語の中で弟がテレビでホラーを見てしまい、怖くなって姉に『ねぇねと一緒に寝る』と言っているところなのだ。
しかもこの展開、身に覚えがあるような気がする。
とても見せられない。
しんどい。
姉はようやく諦めたのか、サメのぬいぐるみをローテーブルに置く。
本間は姉のため、ソファーに座る場所を提供すべく足を床へ下ろした。上半身は仰向けのままなので、若干姿勢が辛い。読むのに適した姿勢ではない。
ふすっ、と頬をふくらませて姉がソファーに座った。
ラブコメというだけあって、客観的には笑えるところもあるのだが、自分との類似点が多すぎて笑うより逃げ出したくなる。
思わず吹き出してしまった後に、波のように羞恥心が襲ってくる。
無理な姿勢で本を読んでいるのもあり、腕がぷるぷると震えた。
それでも、本の中の姉は愛らしかった。
弟のことを思う愛情深さ、時折暴走しがちで、それで失敗することもあるのだが、それでさえ可愛らしい。
また弟と一緒に寝ようとし、弟に心霊番組を見せようと罠を仕掛けているところで、くすりと笑った。
「姉さん、かわいい」
自分の発言にハッとして隣を見ると、姉が赤くなっていた。
「誤解、誤解だ。姉さんというのは、本の中の姉のことで姉さんのことでは……」
(いや、そんなことを言ったら、姉は可愛くないと言ったようなもの!!)
それを言いたいわけではない。
姉を傷つけようとしたわけではない。
姉はかわいい。
「どちらの姉さんもかわいい」
と言った後で、本間は恥ずかしさにソファーへ突っ伏した。
しんどい。
これ以上はちょっと無理かもしれない。
ちらりと姉の方を見ると、姉も恥ずかしそうに頬を押さえている。
「姉さん? あのやっぱり自室で読むから」
「ここで読んで」
姉が真っ赤にしてうつむく。
「友人のためだからといって無理しない方がいい。ほら、この本は姉弟ラブコメだし、姉が弟大好き過ぎて犯罪一歩手前なことをしているし、GPSで場所を把握しているし」
言っていて恥ずかしい。
聞いていても恥ずかしいだろう。
「ごめんなさい」
手を合わせ目を強くつむり、必死そうに姉が謝ってくる。
(なぜ、そこまでっ!!)
その作家だという友人とはかなり親しいのだろうか。
「謝らなくていいよ。友人には面白かったと言ってたと伝えればいい」
「そうじゃないの。でも、ごめんなさい。読んで」
「よくわからないけど、姉さんがすることはすべて許すよ」
姉が酷いことをするはずがない。
「え、続……。なら、そのままで……」
なら、そのままで……が気になるが、あまり気にしないことにする。
その後、姉が読んでいるところを見たがって、本をつかもうとしたり、疲れた腕をつついてきたりしたが、読了した。
姉弟がどちらも、もだもだして、胸いっぱいになり言葉に出しそうになったが我慢した。
弟のことが大好き過ぎる姉がいいと思ったところで、(創作、創作)と心の中で呪文を唱えた。
読了した! しんどかった。
「どうだった?」
仰向けの無理な体勢から起き上がると、姉が寄ってくる。
「面白くて笑えるんだけど……」
「だけど?」
「なぜ弟は姉の好意に気づかないのだろう」
「それは私もそう思う」
姉はしみじみといった風に頷いた。
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