第46話 愛は人を救うことだってある5

 地面が冷たい。

 車から引きずり出されて、放られた。固さから、室内ではない。湿っぽくて魚臭い匂いがする。

 人から目撃されるところではないだろうから、使われていない漁港のどこかか。

 相手が黙っていても、人の気配というものはわかる。



 時間はどれくらい経っただろうか。

 三時間以上経ったような気がするが、体感時間は当てにならない。苦痛ほど長く感じるものだ。


 都道は絶対に自殺はしない。

 むしろ、脅してきた犯人をボコボコにするようなタイプで、それかよくわからないが颯爽とヒーローのごとく登場してふざけたことを言うタイプだ。


「やっほー、本間君。助けに来たよー」


 そう、そんな風に。


(え?)

 本間の脳が、聞こえてきた情報を玩味して飲み込むのに時間を要した。

 都道の声だ。なぜここが。


「どうしてここがわかった!?」

 チンピラが叫ぶ。

 

 チンピラは都道の方を注目しているだろう。その間に肩で目隠しを上にずらす。視界は悪いが、隙間から見える。これならバレてはいまい。

 少し遠くに都道の余裕かました顔が見えた。黒いロングコートにスーツと黒づくめの中で赤いネクタイが際立って見える。 


「どうしてかって? そうだな」

 都道は晴々とした笑顔で親指をつき立てた。


「愛の力!」


「ふざけんなよてめぇぇ!!」 

(んなわけねぇだろぉがあああ!!) 


 チンピラと本間は同時に絶叫した。



****

 


 都道が『愛の力』と言ったのは、全くの嘘ではない。 

 都道が夏美に呼ばれ、カフェで話していた時のことだ。


「弟がかわいくて、天使すぎて、悪い誰かに連れ去られるかもしれないと思うと心配」


「天変地異が何度起ころうが、そんなことは絶対に起きないから安心しなさい」


 都道は否定したものの、夏美は受け入れなかった。


「私がかわいいと思うのだから、私の他にもかわいいと思う人はいるはず」


「そうか」

 

 都道は更に否定はしなかったが、腑に落ちたわけでも、諦めたわけでもなく、面白がったためである。


「弟が連れ去られた時のことを考えて、防犯のホームページを色々見たの。GPS携帯だけでは不審者に取り上げられてしまうから、他のGPS発信機を用意するといいって。もちろん、鞄の中には入れたのだけど。子供の連れ去りや、認知症の徘徊向けに靴にGPSを仕込むというのができるというから、やってみたの」


「それ、本間君は知っているのかい?」


 夏美は首を振った。



 という訳で、本間にはGPS発信機が取りつけられており、都道は本間の位置を夏美から教えてもらったのだった。

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