第62話 ゲーム開発者は初見殺しがお好き
本間はGMから攻撃パターンとギミックを聞いて、心の中で盛大なため息をついた。
(初見殺しじゃないか)
初めて見るプレイヤーを殺しにいく仕掛け。
敵のHPが10%になるまで削った後に、竜は人形を地面から十二体も生成する。人形を倒したら、土くれに戻り爆発してダメージを受ける。仕掛けがわかっていれば、時間差で倒したり、場所を離して倒すという対処ができる。
だが、何も知らなければ単純に一か所で同時に倒してしまうだろう。その後に大爆発が起きる。意地の悪いことに人形の防御力はHPの割には低いらしい。直ぐに倒される。
一度見てしまえば難しいものではないが、死ぬと二度はない。
(HPがあと一割というところが趣味が悪い)
あと少しで勝てるというところで。
ベテランプレイヤーなら傾向から察して動くだろうが、全員そうとは限らない。
竜の咆哮が地鳴りのように轟く。フィールド全体に雷が落ちていった。
定期的にあの全体攻撃がくる。高レベルのプレイヤーなら死なないが、レベル1の本間は確実に死ぬ。
悠長にフィールドの中まで行って、説明はできない。
都道が忙しく立ち回っているのが見える。召喚術師とだけあって、フェニックス以外のものも呼び出しては攻撃させたり、回復させたりしていた。どちらかというと、回復が手厚い。
竜の攻撃にもろに当たりそうなプレイヤーをぶん投げたりと、暴れっぷりは相変わらずではある。
手を振ってみても、気づかない。
都道がこちらに来てくれれば楽なのだが、あの忙しさでは仕方ない。
全員が竜の方を向いて集中している。竜の予備動作で次の攻撃と範囲がわかるのだから、当然だ。
敵のHPが三割を切った。
まるで体育祭の集団行動のように、きれいに端にプレイヤーたちが寄る。次の瞬間には、竜が誰もいない真中を突き抜けていった。
(訓練されたプレイヤーか)
経験知から推測できるのだろう。
願わくば人形の対処も同じようであればいいが、わからない。
人形が出現している最中は、全体攻撃がないことはわかっている。中に突入はできる。
本間は杖で自分の肩をたたく。
敵のHPはあと二割。
HPのバーを注視する。じりじりと減っていくのが見える。
これからする行動が意味のあるものになるかは、ぶっつけ本番だ。
もしかしたら、無意味になるものになるかもしれない。ヘタしたら死ぬかもしれない。
だが、目の前の人達が死ぬところを見ているだけとは、どうしてもできない。
ぽっかりと体に穴があくような喪失感を知っている。大事な人がいなくなっても、通常通り世界がまわることを知っている。
いないのに呼びかけたり、メールを送ってしまった後に、返事がかえってこない寂しさを知っている。
自分の場合は、運よく再会できただけだ。
HPが一割を切ると本間は駆け出した。
人形が中央に出現する。
すぐさま人が殺到し、攻撃を加えていく。
「馬鹿が」
声の方を見ると都道と目が合った。焦っている顔を見るのは珍しい。こっちへ向かってくる。
ありったけの金貨をつかんで上空へと投げる。
純度が高いほど、威力のある魔法が使える。本来ならば、レベルの高さに応じたものしか装備できない。
だが、金貨の魔石は、透明度のある高純度の魔石。
人形が倒れていくのが見える。
杖を上げ、円を描いた。
「バリア」
半透明のドームが包むと同時、爆発が身を襲う。
バリアはダメージを軽減はするが、ゼロにはしない。自分のHPゲージが急激に減ったのが見える。
頭を鈍器で殴られたような衝撃。
遠ざかる意識の中、自分の本名を呼ぶ女性の声がした。
****
ムズムズするような感覚がする。
「クッショッ」
くしゃみと共に本間は意識を取り戻して、目を開けた。
鼻の先に赤い羽が揺れている。
「よー、いい子にしていなかった悪い子。あと少しで死ぬところだったぞ」
羽を持っていたのは都道だった。横になっている本間のそばでしゃがんでいる。
「おい、くすぐるな。揺さぶって起こすとかあるだろ」
本間は毒づくが、すぐそばにいたアリスから腹に軽い打撃を受ける。
抗議しようと開けた口が顔を見て、言葉に詰まった。涙目になっている。
「いい子にしてなさいと言ったでしょ」
「ええ、あの、はい。すみません」
涙する女性は苦手だ。どうしていいかわからない。
「以後、善処します」
お決まりな言葉しか出てこない。
「この馬鹿っ」
とアリスが本間のキツネ耳を引っ張る。
「ちょっ! 耳はやめよう。くすぐったい」
逆効果だった。
犬か猫にやるように、ワシャワシャと耳を撫でては引っ張られる。アリスの腕を押さえようとするも尻尾の時と同じく微動だにしない。
中身はどうであれ、見た目が女の人を蹴るわけにもいかない上に、チャイナドレスである。
「待っ、ひえっ! と、ちが、シティー・ロード助けて!」
子供の頃にわきの下をこしょぐられたような、くすぐったい辛さが襲ってくる。目の端に涙が浮かんだ。
「お仕置きされていれば、いいんじゃないか」
都道はケタケタと笑い、さらりと、
「まあ、最後のバリアは助かった。感謝する」
と言った。
「感謝するなら、助けろ!」
「それは別だな」
ニヤニヤと都道は笑った。
「薄情ものおぉぉ!! うぇっ、ごめんなさい。やめっ! よくわからんけど、ごめんなさい! 違います。わかってます。ごめんなさい!」
本間は体を捻ってアリスの手から逃れようとするも、逃れられない。
「あ、竜は? ひっ」
「倒したよ。そうでなければ、のんびりしているはずないだろ」
それはそうだ。
本間は納得し、
「ひょっ、げっ」
名状しがたいこそばゆさに身を捩った。
****
騒動による死者は0名。
腹立たしいが、GMの言ったとおりゲーム内のイベントとして処理された。
ログアウトができない間、リアル過ぎる表現にSNSの一部では疑問の声が上がったが、それも次の話題に飲まれていった。
****
窓から日差しが射している。遠くから鳥の鳴き声と車が通る音がした。テレビをつけたものの、特に話題になっているニュースはない。
朝の天気予報を見ながら、本間は二度寝しようかと考える。
「ふ」
本間は欠伸を噛み殺し、カップにコーヒーを注いだ。
「ふぁ」
食卓についた姉(近所の)もほわっと欠伸する。
「寝不足?」
本間は椅子に座り、カップを姉の方へと渡す。
「そうね」
眠気が襲ってくるのか、姉は目をしばたかせる。
そして、本間の方を見、
「耳がないのが残念」
と言った。
「耳あるけど」
何も知らない本間は自分の耳を触り、心に疑問符を浮かべた。
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