第87話 姉弟の攻防戦

 荷物は合計三つ。

 本間 続宛、姉の本間 夏美宛、そしてどっち宛かわからないもの。

 三つとも同じ大きさの段ボールで、重さもそこまで変わりない。最後の時間指定の分が若干重いくらいだ。


「開けてみるしかないよなぁ」


 となると、どっちが開けて中身を確認するかの問題になってくる。


「私が開ける」

「姉さん、待って。姉さんが俺のを開けた場合、重大な心的被害を受けるから」


(俺もだけど)


「私はもう十八歳になったら、R-18指定でも大丈夫よ」

「だから違う。そういうのは入ってないはず……」


 と言ってから、都道だったら姉弟もののエロ本とかDVDとかを入れていてもおかしくないとも思った。

 人を困らすためなら、お金と手間をかけることを惜しまない奴のことである。その努力を別の方向に活かして欲しい。


「あ、あるかもしれない」

「母のような寛大な目でそっと閉じるから」

「やめて」


 姉にそんな目で見てほしくない。

 

「俺が開けて確認する」

「私が恥ずかしいから駄目」

「姉さん、まじまじと見ないから、ちらっと見て原稿らしきものがあったら閉じるから」

「駄目。最初にタイトルがあるから」


「タイトルが駄目なのか?!」


(どんなタイトルだよ!!)

 本間は心の中で叫ぶ。


 いや、長文タイトルなら中身の筋を書いているから、そういうのはあり得るかもしれない。ただ、見られて恥ずかしいタイトルというのは、何なのか検討もつかない。


「続。これではいつまでたっても平行線よ。ちょっと休憩しない?」

「ああ、まあ、そうだな」


 休憩したって、事態は改善しないが、言い争うよりかはいい。


「そういえば、昨日渡したチョコは食べてくれた?」

「まだだよ。ごめん」


 昨日は、夜も遅かったうえに、姉にサメのぬいぐるみで叩かれたショックで食べてなかった。


「一生懸命、愛情込めて作ったの。食べての感想を聞きたいな。上手に出来たか心配で」


 姉が両手を祈るように握り、そわそわとしながら言ってくる。

 いじらしく、愛らしい。


「すぐに食べる。姉さんが作ったものは、何でも美味しいよ」


 本間は部屋なのに、幾分早歩きでハートの箱を持ってきて開けた。コーヒーの香りだった部屋に、甘いのが溢れだす。

 中には丸いチョコが6つ、等間隔にきれいに入っていた。

 

「いただきます」


 原材料のカカオ、ミルク、その他もろもろ、何よりも姉に感謝して、本間は丸いチョコを口に入れた。

 噛むと、とろりと液体が流れ出す。


「甘くて美味し……」


 液体が舌にあたり、その正体を知る。


「赤ワイン??」

「そう、料理用の赤ワインを使わせてもらったの」


 にっこりと姉が言う。

 ボンボンショコラの中身はウイスキーであることが多いが、赤ワインもいける。普通に赤ワインのあてでチョコを食べても合うのだ。合わないわけがない。

 また一つと食べていく。

 文句なく美味しい。

 が、アルコールは確実に含まれている。睡眠不足の体にアルコール。こうかはばつぐんだ!!

 ふらっと意識が遠くなりかけるのを、自分の腕を手でつねって回避する。


「残りは後で……」


「もっと食べて」


 姉が天使の笑みで言う。背中に翼がなくとも天使だ。間違いない。外は雨で暗かろうともキラキラと光が降り注いでいるように見える。


「食べる」


 二つ、三つと食べていくと、アルコールが脳へまわっていくのがわかる。徹夜明けのような頭で、重く鈍い。

 

「姉さん、とっても美味しい」

「良かった」


 姉は笑みを浮かべながら立ち上がり、段ボールに手をかけた。本間は姉の腕の服をひっぱって待ったをかける。


「姉さん、待って。それはまずい」

「大丈夫」

「大丈夫じゃない」

「続にどんな性癖があっても受け入れるから」

「ちがあああうううう」


 心の中は涙目だ。表面上は寝不足でグロッキー状態だろうが。


「お願い姉さん、そうじゃない。お願いだからやめよう」


 中身は姉弟もののラブコメで、弟溺愛系だ。なぜ出版社は売れると思った。よくわからない。『私の弟がこんなにもかわいい』は2巻が出る予定だという。なぜ売れた。

 何にせよ。

 そういう趣味が自分にあると思われてはたまらない。

 じっと姉の目を見る。姉はこちらをみると、慈悲の眼差しをくれた。


「そうね。無理強いはいけないわね」


 姉はソファーに深く腰掛ける。本間は手を離して、ほっと息をついた。

 そんな安心も束の間、姉がスマホのYoutubeで検索した『リラックス 睡眠』という文字が見えた。


「待っ、姉さん。ここでヒーリングミュージックはやめ……」


 ゆったりとした波の音。砂の浜辺に寄せては返し、まるで体全体を包み込むような柔らかい音楽。

 浮遊感をも感じさせ、眠りの底へと誘う……。

 波の音に合わせるかのように、頭が揺れる。揺れる視界に、姉が段ボールの一つを開けようとするのが見える。

 腕を姉に伸ばすも届かない。

 すぅっと意識が遠くなる。


 頭が重く垂れかけた時に、ビクッと膝が痙攣した。意識が少し覚醒する。

 ふと見ると、姉が段ボールのフタを開けのぞき見ていた。


「姉さん!」

「よかった。私宛だった」


 と、そそくさと姉は段ボールのフタを閉める。


「それは良かった」


 自分のためにも姉のためにも。

 本間はアルコールと眠気で重い体にむち打ち、残りの二つの段ボールを自分の側に寄せる。姉に渡さないよう段ボールを持ってキッチンに行き、ゴミ袋を持ってソファーに帰ってくる。

 

「続、どうしたの?」

「都道からの荷物は危険なんだよ」


 これまでの経験からいって、例外はない。

 ゴミ袋の中に段ボールを一ついれ、左手でフタを押さえながら右手のカッターで切る。手のひらに圧を感じた。


「姉さん、飛び出すか音が鳴ると思うから離れて。自分の部屋にいた方がいい」

「え、ええ」


 姉が自分の荷物を持って部屋にいったのを確認すると、本間は手を段ボールから離す。素早くゴミ袋の口を閉じた。


 ボンッ


 という音ともに紙吹雪がゴミ袋内に舞う。


(都道め。何年の付き合いだと思っている。引っかかるわけないだろ)


 びっくり箱やパーティーグッズで売っているようなイタズラ系は散々経験してきた。

 経験し過ぎて、都道から「一つあげるよ」とガムやタバコを差し出された時は警戒レベルが最高になる。


 姉が部屋から戻ってきた。一緒に行った時に買ったサメを抱えている。

 本間は段ボールをゴミ袋から取り出し、箱に入ったままの紙吹雪の残骸を袋へ移していく。

 ちゃんと対応していなければ、そこら中にばら撒かれ掃除が大変なことになるところだった。


「まったくヤツは余計なことしかしない」 


 箱の中を綺麗にしたところで、段ボールの板が見えてくる。外そうとしたところ、下にバネがくっついてきていた。紙吹雪を舞い上がらせようとした仕掛けだ。

 完全に外したところ、カチッという音が聞こえる。


「?」


 箱の内部に小さなスピーカーと電子回路がある。

 そのスピーカーから自分の声が聞こえてきた。


『サトちゃん大好き』


「うおおおおおぁあああぁ!!」


 本間は肘鉄を段ボールの中に撃ちこむ。素早くコードをカッターで切った。


「続、今のは?」

 姉が近くへと戻ってくる。本間は段ボールのフタを慌てて閉めた。

「何もない」

「続の声のように聞こえたけど」

「そうかな。俺はそう思わなかったよ。気のせい気のせい」


 声が勝手に上ずり、早口になる。


「さとちゃんって、女性の人?」


 姉の目が鋭くなる。まるで浮気の証拠を見つけたかのような詰問口調だ。(浮気もなにも姉弟だが)

 ヒッと心臓が小さくなる。


「女性じゃない。それどころか実在の人物とかそういうのでは……」


(サトちゃんは、薬局の店頭にあるオレンジ色のゾウだ)

 

 滅茶苦茶に酔っぱらった時に、抱きしめながらそんなことを言った覚えが記憶の遠くにある。

 不一家のペロちゃんと同様に。

 記憶の中では、フライドチキンのおじさんには抱きついたことはない。そこだけはちゃんとしているらしい。


「そう。なら……まぁ」


 姉は若干不満がありつつも、納得したらしい。


 となると残りの一箱が問題だ。

 本間はさくっと段ボールを開ける。

 そこには……豚骨ラーメン、フグのあぶり焼き、辛子高菜、柚子胡椒、明太ツナ缶などがあった。


「……母さんだな」

「ね」


 特に予告もなく、中身みてわかるだろうと突然送られてくる『ふるさと定期便』。母の気分、つまりは電話をよこせということだ。  


「ふぅ」


 本間は安心感にほっと息をついて、ソファーに深く体を沈み込ませる。結局のところ、三分の一の確率で本人のものをひいた。

 緊張から解放されて、一気に眠気が戻ってくる。

 そこへサメのぬいぐるみを顔に押しつけられた。


 花畑のような、だが甘くなくやわらかな温かい感じを覚える香りがする。香りが頭まで染みわたり、ふんわりとした感覚が体全体を包み込む。

 頭が重くひじ掛けへと落ちていく。

 まぶたが重くなっていくが、抵抗する気力も出てこない。

 本間はすとんと眠りへと落ちていった。

 


 ****


 

 すうすうと寝息をたてて眠る弟を見て、夏美は「やった」と小さく呟いた。

 ラベンダーの香りをつけたぬいぐるみを弟に押しつけた。ラベンダーは鎮静作用があり、ぐっすりと眠れると聞いていたものの、予想以上の効果。


「ごめんね、続」


 そっと囁いたが、実はワクワクしている。隠しているものは知りたくなる。弟ならなおさら。

 本当にエロ本が入ってたら、どうしよう。好きな女性の傾向とかわかるかもしれない。人妻ものや痴漢系だったら、捨ててしまおう。


 意を決して、フタを開ける。

 そこには――


『私の弟がこんなにもかわいい』


 見慣れたイラストの表紙。自分が書いた本が二冊、目に飛び込んできた。


「!!!」


 衝撃に脳の処理が追いつかない。

 手を離し、夏美は弟に重なるようにパタリと倒れた。







 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 第十二章 ラブコメの主人公が鈍感なのは、話を長引かせたい作者の都合1は、終わりです。

 第十三章 ラブコメの主人公が鈍感なのは、話を長引かせたい作者の都合2は、7月公開出来たらいいなと思ってます。 

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