第69話 姉は人の言うことを聞かない
「似た者姉弟だ。忠告を無視するとはな」
都道の声に、夏美は亀のように頭を引いた。
物語終了課の一般課員は知らされていないが、鈴は物語に飲み込まれやすい性質を持っているのだという。他者が鈴を持った人に触れると、更に一緒に物語に飲み込まれる。
都道は、課長から借りた鈴を見せながらそう説明した。そして、物語に飲み込まれるのは自分だけでいいと。
わかってはいた。物語世界は安全ではない。特に今回は。
それでも。
「助けになりたくて」
鈴の音を聞きながら都道に触れて、物語に飲み込まれた。後悔はしていない。
「弟を助けるのに、文章力は必要なはずです。USBメモリー、タブレット、護身用にスタンガンに催涙スプレーも持って来ています」
夏美はそう言って、トートバッグの中身を開いて見せた。
都道は苦々しく笑う。
「では働いてもらおうか。本間君の元へいって、彼がこちらに不利なものを書きそうになるのを止めること。スタンガンを使ってでもな」
こくりと夏美は頷く。緊張のあまりつばを飲み込んだ。
「とにかく主人公と本間君を離す必要がある。本気で殺すのに、二人を同時に相手はできない。主人公を庇って死なれてはたまらん」
都道はそう言っていた。言っていたはず。
聞き違いじゃなければ。
(ほんとに?)
夏美は銃声にしゃがみながら思う。都道に襲われたふりして、弟の後ろへ行った後のこと。のんきそうな顔が発している言葉に、弟が自分を忘れていると気づかされて胸が痛む暇もなくこれ。
ほどなくして、刃が触れ合う金属音が聞こえてくる。顔を上げると弟と都道が戦っているのが見えた。
「つ!」
続と名前を呼びそうになって、自分の口を手で塞ぐ。ここでは何も知らない他人。主人公の佐藤に疑われるような言動はいけない。
着実に打ち合う姿に、まるで殺陣のように見えるものの、刃物は本物だ。
(都道さんっ!)
心の声が聞こえるはずもないのだけれども、都道が後退し身を翻す。あっという間に見えなくなった。
「無事か、二人とも」
弟が刀を鞘にしまい、紫の風呂敷で包んだ。佐藤がポケットから手を出し、叱られた時のように頭を下げる。
「すみません。僕の所為で」
「それはいいんだが。佐藤の名前を知っていたということは知り合いか?」
「いいえ。全然知らない人です」
弟は頭をかくと、夏美の方を見る。
「そっちはなぜ襲われていたんだ?」
「わ、わからないです」
嘘は苦手だけど、そう言わざるを得ない。顔が固くなっているような気がする。
その様子が気を張っているように見えたのか、弟はあっさりと信じた。
「そうか。で、警察には連絡はしたのか?」
「い、いいえ」
「佐藤は?」
「しましたが、出ないです。警察は機能してないと思います」
「なんだって?」
佐藤は電話をかけてはいない。それでも、警察が通常通りに動いていないことを知っている。治安を維持する者はいない。その中で、人を殺せと発破をかけられる。
これから起こることを知らないのは、弟だけ。
「そんなはずはないだろう」
弟は自身のスマホを取り出す。
「電波がない?」
現実世界からの持ち物なら、電波を受信してなくて当然だ。公用携帯のガラケーなら、特別仕様なので現実世界に電話をかけられると都道が言っていた。
弟は諦めて、夏美の方を向く。
「どうするか。親は?」
「県外です。一人暮らしで……」
それ以上は言いにくそうに、目線を下げる。演技はやったことがないけれど、上手くやれたかもしれない。
弟は心配そうに見てくる。
「いきなり訊くのはなんだが……家は近いのか?」
「区役所の辺りです」
二人が行こうとしているのは、区役所だと見当がついている。主人公の父が死ぬところだから。
「ちょうど区役所へ行くところだから、一緒に行こう。区役所の職員に保護してもらえばいい」
家まで送るとまで言わないのは、彼なりの配慮なのだろう。らしいと言えば、らしい。
弟が進もうと一歩前に足を出した途端に、左太ももを押さえて立ち止まる。
「本間さん、大丈夫ですか?」
「ああああ。痛みがあるが、歩けないことはない。あの狂人め」
恨めしそうに弟はぶつぶつ言っている。
(その人は、続の親友なのだけど)
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