第50話 愛は人を救うことだってある7

「残念ながら、都道に一発も銃を使った形跡はありません」

 件の誘拐犯に倉島はそう告げた。

 日本の警察は弾の数をきちんと数えて返却する。一つでもなければ大ごとになる。


「バカな!! あんなにバカスカ撃ってきたんだぞ!!」


 取り調べ室で一際大きな声が響く。狭いゆえに反響しそうな勢いだ。


「更に言うと、巨大なオオカミも、ゾンビも、空飛ぶサメも現実にはおりませんよ」


(精神鑑定かな。ただ、話を聞いていると、都道先輩がやってもおかしくない行動なのだけど)



 物語世界で現実のものを消費してもなくならないことも、まずもって物語世界を知らない倉島はそう思った。



****


 

 ログハウス風のカフェで天井が高い。休みの朝方で客も疎らの中、隅に都道と夏美が向かい合って座っていた。


「結論から言うと、君の母は生きている。別の名前で別人として生きていくそうだ」

 

 都道は本間からの調査依頼で、夏美の子供の頃の火災事件と母親の失踪を知っていた。なので、オオカミの物語世界での夏美に似た女性が母だとわかっていた。若い姿なのは、火災で原本が燃えて物語世界の時間が止まったのだろう。夏美と同じく。

 物語に飲み込まれた人物は、時間が経とうがほぼ同じ場所に戻ってくる。都道は上へと連絡して、保護を依頼していた。


「そうですか」


 どこか他人ごとのように夏美は言った。夏美と母親の間に具体的に何があったのかは、都道は知らない。だが、良いことではなさそうなのは知れた。

 好奇心はあるが、聞きだすほど野暮でもない。


 夏美は瞼を伏せ、一呼吸して都道の方を見る。


「あの……私は逮捕されないのでしょうか」


「理由がない」


「だって、私は」

 夏美の発言を都道は手を上げて制す。


「世の中にないものを理由に逮捕できるわけないだろう」

 と笑う都道に、夏美はほっとしたような泣き出しそうな顔をした。 




 

(にしても、命拾いしたなキンピラ)

 夏美と別れ、都道は喫煙所で煙草を吸っていた。

 

 都道が最初に弾を落として空にした拳銃は、ゾンビの時に奪ったトカレフだ。いつもの銃は隠してあった。

 ずぶの素人が撃つ弾は、距離があれば当たるものではない。しかも素人は当てやすい胴体ではなく頭を狙う。防弾チョッキがあるという理由もあるが。

 相手が本間から銃を外したところで、こちらが撃って殺せばいい。できる腕前も自信もあった。それが、物語の暴走でうやむやになった。


(まあ、いいか)


 夏美の今まであった寄せ付けない固さが少し抜けていたのを思い出して、この結末の方が良かったように思えた。

 

 

****



「いや、ここまででいいから。職場までついて来なくていいから」


「そう言って、この前攫われたから心配してるの」


「それは違うから。姉さ、ちが、その、自分自身のことを心配して」


「私は攫われたことないもの」


「そういう問題ではなくて」


 早朝のとある駅で毎日、スーツの男性と女子高生の奇妙な攻防が繰り広げられることになる。

 それは男性が折れるまで続いた。

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