第72話 モブは魔王に恐れおののく
上より予定を早めろとのことだった。同じ仕事を請け負った奴らが重傷を負ったり、連絡が取れなくなったらしい。
「けっ、大したことない連中だな」
リーダーが言うことに二人の男は同意した。
「全身真っ黒でネクタイだけ赤い男に注意しろだとよ。そんなのどこにでもいるだろ」
聞いている限り一人だ。こちらは三人。負けるはずがない。
それに一番肝心なところを任されている。区役所の制圧とゲーム開始の宣言。一帯は無法地帯となる。警察は機能しない。何をしても咎められない。
楽しいことになる。
リーダーたる男は笑った。法と秩序で雁字搦めのクソみたいな日常におさらばだ。
堂々と正面玄関から区役所に入っていく。
銃を見とがめた警備員が警告を発して、下がっていく。警棒しか持たされない彼らは敵ではない。
圧倒的に有利な状況に、口の端が歪んだ。銃を構える。
―パキッ
植木鉢が隣の男の頭に降ってきた。陶器は割れ、こぼれたサボテンの針が倒れた男の上着に突き刺さる。
「はっ」
そちらを向いた瞬間に、もう一人の仲間の下顎めがけて、足が飛ぶ。まるで格闘ゲームのように体が吹っ飛び、動かなくなった。
銃を向けようとした手首を捻られ、落としてしまう。
一連のことが、ほんの短時間で行われた。
少し前まで、気配も音も殺気もなかった。気づけば、銃を突きつけられていた。
「全身真っ黒で赤いネクタイの男……」
的確な表現だと絶望的に思う。
上から下まで葬式に参列しているのかと思うくらいの漆黒で、シャツまで黒い。ただネクタイだけが鮮やかに赤い。
「うむ。植木鉢で殴打しても死なないとは、丈夫過ぎるな。人じゃないだけある」
「はあ?」
(何を言っているんだコイツは)
言葉は理解できるのに、異星人と話しているかのような違和感に背中がざわつく。
黒い男は地面に結束バンドの束を落とした。
「君には人質の手首と足首をこれで縛ってもらう」
周りの人々は気配を押し殺すようにしている。怯えが伝わってくる。
長年の経験からわかる、コイツは人を殺すことに罪悪感を覚えないタイプだ。それどころか……。
「ああ。反応が人らしいな。よくできている」
目は子供のように純真でありながら、人の良さそうな笑みを浮かべながら、コイツは人を命あるものと思っていない。
籠の中の虫、水槽の中の魚を見つめるように、いや、ロボットが人のように歩いた時、受け答えした時のように、『よくできている』という感想。
そう直感した時、今まで感じたことのない恐怖が全身を襲った。
毛穴という毛穴から汗が噴き出てくる。
「あ、あのもし、従わなければ」
口の中がカラカラに乾く。舌が張りつくような感覚がする。
「そうだな。そうだ、君は頸動脈を切られたら、さすがに死ぬかな。試してみようと思うのだが」
そう黒い男はくったくのない笑みを浮かべた。
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