第5話 主人公の村を燃やすのは計画的に

 結局のところ主人公のルークの言う通りで、魔物があちこちに徘徊しているフィールドにいるのは危険極まりなく、本間は一緒に村に帰ることにした。

 不本意ながら。

 

 物語が暴走しかけていた時から、話はある程度読んでいたから知っていたものの、ルークというのは底無しの善人だ。

 ゴブリンが所持していた金品を惜しげもなく渡してくれた。(まあ血まみれだったので、湖で袋ごとジャブジャブ洗ったが)


 本人はというと、最近四天王を倒した時に報酬が手に入ったのでそれなりに懐があるとかなんとか。


 (「四天王って書いてあるTシャツ着てたんですよ。面白Tシャツって魔物の中でも流行っているんですかね」とルークに言われた時には乾いた笑いをするしかなかった。高校生でも知ってるぞ四天王。おい、新人)


 

 ともかくも、村の宿に泊まるお金があるのは良いことだ。

 宿の机に向かい、本間はペンをくるくると回した。

 

 人に見られず文章を書くことができる。さすがに剣と魔法の世界の衆人の前で、携帯やポメラ(小型のワープロみたいなもの)を出すわけにはいかない。

 携帯で現実世界に連絡をし助けを求めることができるものの、繋がるということはもう月曜日ということを意味する。


 というのは、物語世界と現実世界では時間の進み方が違うからだ。基本的に物語世界で月日が流れようとも、現実世界では大した時間が流れていなかったりする。携帯で話している間は例外として。

 

 物語世界から通話しているなんて一般人に知られるわけにはいかないので、同僚等にかけるしかないのだが、みんな自ら残業しようと思わないため終業後は公用携帯は切っている。


(仕方ない。なんなら自分だって、いつもなら携帯を切ってる)

 つまり、携帯が繋がってしまうと現実世界での月曜日が確定するということだ。

(助けを求めても物語を終えないといけないのには変わりないのだから、できる限りはやって、土日の休みは死守した方がいい)

 本間は心に誓った。


 まずは、物語を読みこみ頭の中に叩き込む。

 作者の名前が『角戸 完かくと かん』で見覚えのある名と思ったのだが、あの怪獣で困らさせられた作家の名前だった。

 『角戸 完かくと かん』ではなく『角戸 未完かくと みかん』に改名した方がいい。

 もし作家に会うことがあれば強くすすめたい。


 次に、主人公の名はルーク。転生とはいえ、どこかの家の子に生まれたわけではなく、成長した姿で異世界に生まれ落ちたらしい。

 とはいえ、魔物からの襲撃を偶々救ったことにより、主人公は村人達から尊敬と好意を受けている。

 特に女性らからの好意は強いが、それに主人公は気づいていない。

(鈍感か)

 ありがちではあるが。 


 最初の神様の贈り物であるチート級な剣技と魔法は、なぜか何度死んだところで顕在であり、ただ単純に主人公を殺せばいいということでないことは新人の経験から本間はわかっていた。 


(どうするか。一応、魔王は生きてたようだが……辛うじて……)


 手っ取り早く、主人公に魔王を納得できる理由で倒させる。

 自らの意思で行動させるように、仕向ける。

 物語を終わらせる。

「村でも焼こうか」

 まるで肉でも焼こうとするがごとく、本間はぽつりとつぶやいた。


 

 村焼きは単純に村を焼けばいいわけではない。

 復讐心を煽るにはそれなりの準備が必要だ。

 寒い最中に飲む温かなスープのような、体に染み入る暖かな日常。

 親しい者や家族、恋人との会話。

 それがもう二度とないという喪失感を味あわせるには、相応の落差を作り上げなければならない。


 幸いにも、あの心優しい主人公が憤るには十分、村との関わりがもうあった。

 下地はもう出来上がっている。

 後は、村焼きの首謀者が魔王だという証拠を残さねばならない。

 これが主人公が未熟で無力な存在なら、目の前で親しい者が代わりに犠牲に、主人公が逃げきるまで敵と戦って死ぬ、主人公が隠れているところを自らの遺体で隠す、などができるのだが……


(あの主人公は強すぎる)

 

 となれば、魔王軍ということを示す旗か剣かを残すか、主人公がどこかから戻ってくるまで息の根が止まる寸前で待っている証言者が必要だ。

 それは書けばいいだけの話だ。

 問題は――

(すべて完了するまで、主人公を村から離すことだ)

 忌々しげに、本間は机を指で叩いた。



「えっ、大きな町へ行きたいんですか? いいですよ。一緒に行きますよ」

 

 翌朝、問題はすんなりと解決した。

 村から遠ざけるために本間が頼んだなぞ、ルークは想像だにしていないだろう。


「ありがとうございます」

「本間さんは年上なんですから、敬語とかいいですよ。あ、あと、二人の時は佐藤と呼んでください」

「ああ、うん」 

「それから、スーツでは目立つのでローブをはおってください。服は町で買うといいと思います」

「ああ、うん」

 ちくりとした罪悪感を覚えながら、本間はルークから麻のローブを受け取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る