第6話 物語の主人公は自分は主人公と思っていない

 村を出た当初、周りは麦畑ばかりだったものの、しばらく歩くと遠くの丘にぶどう畑が見られるようになった。

 テレビで見たヨーロッパの風景のように感じられるが、たい肥であろう糞尿の匂いもするので、リアルだなと思う。


 魔物も出現したものの、ルークがものの見事に瞬時に倒した。それはもう本間が刀を抜く暇もなく。

 道中、他愛もない話をしていたのだが、次第にお互いの身の話になっていった。

 こちらとしては避けたい話題で、物語世界のことを質問し続けていたのだが。


「本間さんは元の世界では何やっていたんですか?」

 ルークの問いに、本間はふと目をそらす。

「公務員。文部科学省の下っ端だよ」

「えらいじゃないですか」

「えらくはない。上司にはこき使われ、部下には仕事を押し付けられる」

(今回のようにな!)

 戻ったら反省文を書かせよう。そうしよう。


「大変ですね」

「佐藤の方は?」

 佐藤、つまりはルークのことだ。

「学生です」

「そうか学生か。学生の方が大変じゃないか」


「そうでしょうか……」

 ルークは目を伏せ気味に立ち止まった。本間もつられ立ち止まる。

「大変……というより、辛かった」

 ルークの表情は影になってうかがえない。

「僕、今は見目は良いみたいですけど、元の世界ではデブでイジメられてたんですよ……」

「……」

 本間より広い肩が震えていて、強いはずなのに弱々しくみえた。

「いきなり、すみません。思い出してしまって」

「いいや、思い出させてすまない」

 本間はルークの背中をぽんと叩く。


 元の世界での、彼の周りの状況が悪いということはわかっていた。

 イジメというより、単なる暴力。それを遠巻きにして笑うクラスメイトたち。

 異世界で力を意識的にむやみやたらに使わないのも、それで有頂天になることもないのはそれが理由というのもあるだろう。

 女性からの好意にうといのも、太めの見た目の所為で扱いがひどかったからもしれない。


 両親の仲は悪く、家にいても針のむしろ状態。

 トラックにひかれようとも、異世界転生して彼は正解だったのだろう。

(何度も死んでるから、正解でもないか)

 つくづく新人がやったことが口惜しい。自分はそれより酷いことをするが。


「まあ、ここではイケメンだし、村の人々も優しいようで良かったじゃないか」

(今から死ぬけど)


 自分の声が相手にどう聞こえるか不安になる。演技なんてものは、幼稚園のお遊戯会で終わってる。

 明るく聞こえていればいいが、自分としては変に高鳴る心臓の音と合いあまって不自然に聞こえた。


「そうですね」

「うん」

 ルークは特に違和感は覚えていないようだった。

 自分がやっていることは主人公に知れるはずはないのだが、そっと胸をなでおろす。

 それで、良かったはずだった。


「すいません。続けてで。弱音になるんですけど。ここの世界ではおかしいと思われると思って言えてないことがあるんですけど」

「いい機会だし、どうぞどうぞ。大人には頼るものだよ。どんとこい」

 何も身よりもなく異世界に飛ばされたのだから、心細くとも仕方ない。高校生で、未成年者である。ここは大人の余裕ってものを見せて……


「ありがとうございます。では……自分が物語の主人公だと思ったことあります?」

「ぐあっ!」 

 本間の奇声に、ルークはビクッとする。

「どうしました?」

「いや、なんも。自分が物語の主人公だと思ったことないね。容姿もぱっとしないただの三十代の公務員だからね。そういうこと考えない方がいいと思うよ。うん」

 若干、早口めに本間は言う。


「僕は、自分が物語の主人公じゃないかと思ったことがあるんですよ」

(メタ発言はやめてくれ!)

 心の中で、本間は悲鳴をあげた。


「なぜか何回も異世界転生をするし、なぜか僕のまわりばかり魔物がよく出てくるし。村の人は感謝してくれていますけど、僕が元凶じゃないかと」

「え、気のせいじゃないか」

 それ以上は思考するなと本間は祈った。


「名探偵コナンや金田一少年が多くの事件を吸い寄せているように、僕という存在が村に不幸をもたらしているのではないかと」

「コナンや金田一は漫画だ、フィクション。事件がないと連載が終わるだけのことだよ」

「わかっています。それでも……」

 ルークは肺の奥底から絞り出すように続ける。


「僕が不幸の原因なら、僕なんていない方がいい」


 氷の手が心臓を掴んだように感じた。背中にかいた汗でさえ、凍るような。

 所詮は登場人物が言うこと、という理性を感情がねじ伏せる。


 本間は唇を噛みしめた。頬がピクリと動く。

 村が焼かれるのはお昼頃。

 影がまだ長く伸びているということは、急げば間に合う。

「あ、ごめん、佐藤。ちょっとお腹痛くなったから。急いで村に帰ろう。すまん」

「え?」

「ダッシュだダッシュ!」

 昨日の筋肉痛を訴える脚をおして、動かす。

 戸惑いながらもルークは着いて来て、追い越した。



 村が見えてくるより先に明るい炎が見えた。

「異常事態だ。先に行け!」 

 本間が叫び終わる前には、ルークは剣を抜いて飛び出していた。その顔には先ほどまでの弱々しい面影はない。


 きらめく剣の一閃ごとにトカゲの頭をした魔物が倒れていく。

 ルークの呼び声に大気が震え、文字通りバケツをひっくり返したような水の塊が降った。

 そこかしこで燃えさかっていた火がおとなしくなる。

 突然のことに魔物らが散り散りになった。


「すまんな。予定変更だ」

 誰も聞こえないような小声で本間は一人ごち、魔物に一太刀いれた。



 炎が踊る音も、村人の悲鳴もなくなり、危険が去ったと知れた。

「はあぁぁ――」

 本間は壁に背をつけ、崩れ落ちる。その上に影が落ちた。

「本間さん、ケガはないですか?」

「なにも。他の人を見てくれ」 

 ルークの問いかけに、本間はだらりとした腕の先の手だけひらひらと振る。


「家に損傷ありですけど、村の人たちは無事です」

「そうか。それはよかった」

 良かった。

「本間さん」

「ん?」

「顔色が悪いですよ。青白い」


 敵に向かうより焦った表情でルークが言った。

 嫌なところで敏い。そういうところは鈍感でいいのに。

「気にするな。慣れないことして、血流の巡りが悪いんだ」

 本間は顔を伏せ、パタパタとあおぐように手を振る。

「脚が震えてますけど」

「筋肉痛がひどいんだ」

 憮然と本間は言い返した。

「えっと、お腹痛いとか言ってましたよね。医者呼んできます」

「いいから、いいから」

 止めるのにもかかわらず、ルークは駆けて行ってしまう。

 ことりと本間は地面に頭から倒れこんだ。

(だから登場人物と関わり合いになるのは嫌なんだ。―特に主人公)

 


 今更、復活してきた怜悧な頭がこう告げる。

―で、どうやって物語を終わらせるの?

(しるか)

 なげやりに本間は近くの小石を投げた。 

  

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