第7話 登場人物にやる気がないと、困るのは書く方

 村の宿屋の食事処にて、ほっぺたがめり込むくらいにテーブルにくっつけて本間は深いため息をついていた。

 向かいにはルークが座っている。

「本間さん」

「あい、なんだ佐藤」

「元気ないですよ。どうかしました?」


 本間は気だるそうに、視線だけルークによこし、

(お前の所為だよっ!)

 と心の中で叫んだ。 



【登場人物にやる気がないと、困るのは書く方】



 どうやって物語を終わらせるか。

 村焼きに失敗したので、魔王討伐から恋愛成就の方へシフトしたのだが、これが上手くいかない。

 女子の方の好意は上げつくしている。

 それはもう恋愛シミュレーションゲームで言えば、ハートゲージMAX状態。

 女の子のタイプもクール、かわいい、美人、妹っぽいあるいは姉っぽい、大人しいのやら元気いっぱいのやら色々用意はしたのだ。

 

 顔面偏差値が高すぎる子らが一つの村に集中している怪異現象に、誰もツッコミをいれないところがさすが物語世界である。

 感心する。

 感心してる場合ではないが。


 そんな努力にもかかわらず、恋愛のれの字がかすりもしないほど進まない原因は主人公の絶望的な鈍さにある。

 鈍感ということはわかっていた。

 これほどまでとは思わなかった。

 元の世界でモテなかったのだから、少しは舞い上がればいいのに。

 

 主人公が惚れるよう書けばいいという単純な話ではない。

 登場人物にはそれぞれ個性や背景、過去というものがあるので、それに沿わない行動というのは書いても物語に反映されないのだ。


 例えば、復讐を誓った者にそれを諦めさせる、引っ込み思案な子にいきなり人前でダンスを踊らさせる、頭が悪いとされる人物に明晰な推理をさせる、などは余程の状況と理由を用意しなければならない。

 

 主人公の鈍感さをカバーするためにあの手この手を使ったというのに……

(主人公を攻略できない……)

 本間がルークを、ではない。

 BLではない。

 言葉の綾というやつである。


 

 というわけで、話は冒頭に戻る。

「なんでもない。ほら、女の子が呼んでるみたいだぞ。行ってこい」

 本間は肘上だけあげて手を振った。

「ああ、はい」 

 一瞬迷ったようにためらいを見せたが、ルークは席を立ち女の子の方へ向かう。

 胸が大きいその女の子は、キラキラした笑顔をし、ルークの腕をとって絡ませた。

 女の子の胸が彼の腕にあたり、ルークの頬が赤く染まる。


(いいぞ、がんばれ)

 本間は心の中でガッツポーズをとった。

 やっぱり、積極的な女の子が相性いいか。

 そうか、そうだな。

 まるで近所の若い子を見守るように、ほのぼのとした心情で本間は二人を見送った。

  


―約五分後

 ルークが目の前にいた。

「やっぱり心配になったので、戻ってきました」


(なんでだよっ!)

 ガンッ、と本間は頭からテーブルにめり込む。

(いいところだった。今度こそ上手くいきそうだったのに、お前って奴は……)


「大丈夫ですか?」

「大丈夫」

 テーブルから顔を引きはがし、本間は頬杖をついた。

 ルークは向かいに座る。

「なにか悩みでもあるんですか」

「現実世界に戻る方法を考えてる」

 嘘は言っていない。


「なにか手がかりはあるんですか?」

「手がかりなあ。さあ、魔王でも倒せばいいじゃないか。ほら、異世界転移もので王様が宮廷魔法使いに命じて勇者を召喚とかするだろ。俺には当てはまらないが」

 というより、ルークが女の子とくっつけばいい。はよ、くっつけ。


「僕が代わりに魔王を倒すではダメですかね」

 ルークがおずおずと口を出した。

「はあ?」

「戻りたいんですよね。僕が魔王を倒すでもいいじゃないですか。倒せるかどうかわからないですけど」

 それは倒せる。余裕で倒せる。こちらが保証する。


「それはアリなのか……」

 本間は思わずつぶやく。

 主人公が魔王を倒す理由として、そんな理由が有効なのか。

 主人公にとって、本間は異世界転移者であると認識している。  

 なら、本間を現実世界に帰還させるために魔王を倒すのは……

「アリなのかな……」

「それで駄目だったとしても、他の方法を探せばいいですよ。試しますよ」

「試すって」


 本間側としては、ルークが魔王を倒せることは知っているが、ルーク側にとっては勝てるかどうかもわからない命がけのことなのだ。

 簡単に試すようなことではない。


「なぜそこまで……」

「僕はもう現実世界に戻れないから……」

 ルークの言葉に本間は目をみはる。

「もしかして、佐藤は現実世界に戻りたいの……か……?」

 ルークにとって、あの現実世界は地獄だったはずだ。


(だがそれならば……なぜ現実世界の名前である『佐藤』で呼ばれたがる……?)


「戻りたいとか戻りたくないかなんて、もう死んだので考えてもどうしようもないですけど……親より先に死んだのは申し訳ないなと」

「……」

 やはりこの人、転生し過ぎて仏になりかけているんじゃないか。善人すぎる。



 魔王の討伐のため村を出るルークに別れを告げた後、本間は宿の机に向かった。

 物語を終了させるために。



******


 魔王の胸を剣で貫いたその瞬間、光がルークの体を包み込んだ。



 ぼんやりと意識が浮上する。

「・・カ・シ!」

 自分のことを呼ぶような声が遠くに聞こえたような気がした。

 応えるように目を開けると、霧がかかったように白い天井とのぞき込む二人の顔が見えた。


「タカシ」

 今度はハッキリと聞こえる。

「父さん、母さん」

 母親はぼろぼろと涙を流し、父の方はうっすらと涙ぐんでいた。

「良かった。本当に良かった」

「ここは……?」

 病院の一室に見えた。

 どうしてだろう。トラックにひかれて死んだと思ったのに。


「お前はな、トラックにひかれてずっと意識不明だったんだよ。点滴だけだったから、かわいそうにこんなに痩せてしまって……」

「今まであなたをおざなりにしてごめんなさい。母さん悪かったわ。私たち反省したの、心機一転新しいところに引っ越してやり直しましょうね」

 父と母に口々に言われ、佐藤隆はコクリと頷いた。 


******



―土曜日の朝!!

 現実世界に戻るなり、本間は日付と時刻を念入りに確認した。

「休みだ!」

 伸びをして、家に帰る準備をする。

 

 ルークには元の世界へ戻るよう書いた。

 あの物語は一人称だったので、本人が死んだと認識しようともそれを覆すことができたのが幸いだった。

 ついでに、両親の不和をなくし、イジメから遠ざけるため引っ越しさせ、痩せさせて外見を良くした。万が一のため、腕っぷしも追加した。

 最初の神様と同じようにやりすぎな感はある。

 だが、これで終わりなのでいいだろう。


 爽やかな朝の日差しをうけ、本間は駅へと歩いていった。

 

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