第4話 剣と魔法のファンタジーなら、とりあえず魔王を倒せば物語は終わるやろ

 風にあおられ草木がさざめく。遠くに鳥のさえずりが聞こえた。

 本間は携帯を取り出し電話をかける。コール音1回で相手はすぐに出た。


「小牧! 物語の暴走に巻き込まれたか? 無事か?」

「はい! ありがとうございます! 合コン行ってきます!」

「ちょっと待てえ―――!!」

 

 と、無常にも通話は切られた。

「おい、新人!!」

 叫んでも誰にも届かない。


 もう一度かけたら、『おかけになった電話は、電波の届かない場所にある、または電源が入っていないためかかりません。』というメッセージが流れた。


 本間は片手で顔を覆う。

「もう、ほんとあの新人どうしようもない」

 呼応するように複数の雄叫びが上がる。


「うん、上司を上司と思ってないし」

 キシャ―グォ―といった、とても人ならぬ声が再び上がる。

「そうそう、って、ん? ン?」

 声がする方を見る。

 そこには、人のように見えるが人にしては背が小さく、湿ったような緑肌に尖った耳、開いた口からはノコギリのような歯がのぞいていて、手にはこん棒を握っている集団が見えた。


―知ってる。

 あれ、ゴブリンってやつだ。



「あああああああああ!」


 尋常じゃない悲鳴を上げながら、本間は森の中を疾走する。

 途中、太い木を日本刀で竹のごとくスパスパと切り倒し、追手の邪魔になるようにしているが十分ではない。


 日本刀で容易く太い木を斬れるのは、物語補正がかかっているからである。

(物語補正とは、現実世界ではあり得ないが物語の中では当然のごとく扱われる修正事項である。日本刀であれば、現実では斬れないものがなぜかスッパリ斬れたりする。その代わりコンニャクが斬れなかったりするが)


 物語補正がかかった日本刀をもってしても、あのゴブリンの集団を倒すには兎にも角にも数が多すぎる。


 最初の2、3匹は切り伏せることはできようが、その間に囲まれるだろう。数匹殺したところでひるんで逃げてくれればいいが、知性が低いモンスターであるゴブリンにそれが期待できるかは謎だ。


 日頃、運動していない所為で息が苦しく上がってくる。

 全力疾走なぞ普段の生活では終電に間に合わせるためにするだけで、とことん縁がない。

 そもそもスーツ姿でするものではない。


(戻ったら、運動しよう)

 そう本間は心に誓う。まず現実世界に戻れるかどうかは別として。

 もう限界だと訴える脚を意思の力で抑えつつ、動かす。

 と、目の前が明るく開け、大きな湖が口を開けていた。


(まずいっ)

 さすがに足を止め、湖を背にするよう身を翻す。

 目にかかりそうな汗をぬぐい、笑いそうになる膝に力をいれ、両手でしっかりと刀を握る。

 上がった息を整えるようゆっくりと肺に空気を入れ、ゴブリンの集団を見据えた。


 奇天烈な叫びをあげて襲い掛かってくるゴブリンの胸を刺し、その隣からくるやつも抜きざま斬りつける。

 血しぶきをあげて二体とも倒れるが、ゴブリンの集団に尻込む様子はない。

 むしろ怒りに震え、殺到してくる。


(クソッ!)

 一体ずつ相手はしていたら、別のに打たれる。

 大きく刀を横にないで敵を近づけないようにしたものの、こん棒を投げつけられ咄嗟に刀で弾く。それが悪かった。

 頭と膝に衝撃が走る。


 目標を特定せず、本間は刀をぶん回した。いくつか当たった感触はあるものの、分が悪い。奴らは身の危険を顧みず突撃してくる。

 腹部への打撃で刀を取り落とし、拾おうと身を屈めたところ後頭部を打たれる。

 くらりと意識が遠のき、体が土の上に落ちた時だった。


「風よ、切り裂け」 


 凛とした声が響いたかと思うと、僅かな風の音がしただけでゴブリンが真っ二つになって倒れていく。

 あの数十体もいたのに、悉く瞬く間に物言わぬものになった。

 本間は鈍痛がする後頭部を両手で押さえつつ、声の持ち主の方に体を向ける。


「大丈夫ですか?」


 黒髪に紫の目をした美丈夫がこちらをのぞき込んでくる。


(こいつ……主人公だ)

 

 苦々しく顔を歪めて本間はそう確信したが、青年は痛みでそういう顔をしているのだろうと思ったらしく心配そうな様子で手を差し伸べてくる。



「助けてくださり、ありがとうございました」

 そう本間は深々と頭を下げた。


 物語の主人公とは本音を言うと直接関わりたくないのだが、礼は言わないと人の道にもとる。よくわからないが、その主人公の魔法かなにかで返り血だらけなスーツも綺麗になった。洗濯機要らずで便利だと思う。


「いえ、大したことじゃないので」

「本当に本当にありがとうございました。それじゃあ」

 本間は回れ右してその場から離れようとした。

「待ってください」

「なんでしょうか」

 できるだけ嫌そうな顔にならないように注意して、顔だけ青年の方を向く。

「日本人ですよね」


「……ですけど」

 一拍、躊躇して本間はそう答えると、青年は嬉しそうに、

「僕も元は日本人なんです。ここの世界ではルークという名前ですが、佐藤隆という名前でした」

 知ってる。それはもう十分に。


「なぜそうなったかというと、佐藤だった時にトラックで轢かれて異世界転生したみたいなんです。ルークになる前にもなぜか死にかけたり、トラックで何回か轢かれて転生しているんですけど……」


「うううう」

 本間は新人がしたことを思い出して、頭を抱えた。トラックで轢いたのは計4回である。


「あ、まだ頭が痛みます? 回復魔法かけましょうか」

「いや、大丈夫」

「そうですか」

 と言いつつ、ルークは気づかわしげな表情だった。そして、続けて言い放つ。

「で、そちらは異世界転移ですよね」

「はあっ?」

 本間はルークの方をパッと見上げた。本間も日本人の平均身長にギリギリ届かないくらいだけでそれなりにたっぱはあるはずなのだが、ルークはそれよりはるかに高い。


「大人の方ですから、ライトノベルとか漫画とか読まれないかもしれませんが。本人のまま異世界に行ってしまうことを異世界転移といって、死んで異世界で転生するのが異世界転生というんですよ」

 知ってる。よく知ってる。

「スーツ姿の日本人がここにいるなんて、異世界転移以外にないでしょう」


 そう来るか。

 言われてみればそうではある。そうではあるが、こちらとしてはそう単純にそうではないのである。

 だが、現実世界から物語世界に転移するのを、異世界に転移と言ってもそう間違いでもない。


「う~ん。言われてみれば」

 本間が腕組みし首を斜めにしていると、ルークのはるか後ろに怪しい影が見えた。

「あ」

「どうしました?」

「ルークさん、そのままそのままでいてください。話が途中ですが、戻ってくるんでちょ―っとそのままの姿で待っててください」

 両手を押すような恰好で本間はルークを留めつつ、先ほど見えた影に駆けた。




 影に近づくと、それはTシャツに黒く長いローブを着ていた。ルークより長身で、頭にはツノらしきものがついている。

 問題は、黒いTシャツに白字で『魔王』なんて書いてあることだった。


「ちょっと失礼します」


 本間はローブを合わせて、Tシャツの『魔王』の文字が見えないよう安全ピンで止め、ぐるっとルークとは反対方向へ回し、背中を思いっきり押した。

 だが、さすが魔王である、びくともしない。


「いきなりなんだねキミは」

「お帰りください、魔王さま」

「これから出番なのだよワシは」

「まだ出番ではないかと」


 魔王があんなふざけた格好で、スライムみたいなフィールドモンスターのごとくぽっと湧いてこられても困る。

 やられるならやられるなりの道理というものがあるだろう。


 正直、あのまま主人公に魔王がやられたとしても、魔王が魔王と認識されずギャグだと思われる可能性が非常に高い。

 とても物語が終わるとは思えない。


「四天王がやられたからにはもう出番であろう」

「四天王?」

 本間は魔王がこちらを振り返らないよう片手で押さえつつ、片手で背広の胸ポケットからポメラを取り出して起動させる。

 該当の物語を検索して、スクロールする。


 ―着ているTシャツに『四天王』と書かれた魔物が一匹、主人公に倒されていた。


(あのバカ新人、意味わかってねえだろぉぉがぁあああ――!!)

 いっぽんでもニンジンとかそういうのじゃない。


「えっとすみません。今後気をつけますので、今はお帰りください」

(うちの新人が誠に申し訳ございません。監督責任取ります。ちゃんと教育します)

 心の中でぺこぺこと謝りつつ、本間は魔王の背中を全力で押す。


「ワシは帰らんぞお」

「飴ちゃんあげるから、一旦お帰りください」

「そんなのでごまかされると思うてか」

「土下座するから」 

「そこまでしなくてよい」

 なんのかんの攻防がありつつ、魔王には帰って頂いた。

 



 本間がルークの元へ戻ってくると、ルークは実にそのままの姿で彼を待っていた。

 律儀な人である。


「誰か知り合いでもいました?」

「いえ勘違いでした。ははは」

 魔王が知り合いなはずはない。


「あ、ところで、お名前は?」

 ルークを見上げる本間の目が泳いで、決心したように止まった。

「本間続。読む本の本に、空間の間、晴れが続くとかの続」

「ほんまつづくですか。面白い名前ですね」


 物語終了課の係長としてはどうかしてる名前だが、自分で決められなかったのだから仕方ない。


「よく言われる。苗字と名前を繋げて呼ばれるのはあまり好きじゃない」

「じゃあ、本間さんと呼びますね」

 自業自得な面があるが、すぐに別れてさようならという雰囲気ではない。


「まあでも、すぐに帰るから。さくっと。いや、ほんと助けてくれてありがとうございました。じゃあ。ではでは」

 本間はそう言いつつそろりそろりと後退し、手を振って、スッと駆け出したところをルークに腕を取られた。

「どこ行くんですか?」

「へ」

「そっち海しかないですよ。村はこっちです」

「……」


 文章読んでも地理がわかるわけではない。残念ながら、ポメラには地図は搭載されていなかった。

「そもそも危険ですよ。刀ではゴブリンに勝てなかったみたいですし、魔法は使えますか?」

「魔法……」

 書いたことがこの物語の現実になる、とはとても主人公の前では言えないが魔法っぽくもないかもしれない。


「えっとこういうのです」

 本間の沈黙を違う方にとらえ、ルークは実演した。

「火球よ。弾けろ」


 火の玉が矢のように飛んでいき、着弾地点から空間そのものが破裂したような轟音と爆風が飛んでくる。

 もうもうと粉塵が立ち込めていたのが風で薄れた時、隕石でも落ちたかと思われるほど森の奥にそこだけ大きな抉れができていて、端の木々の根が露わになっていた。


「ちょっと力みすぎました」

「ちょっと?」

 本間は疑問符をいれつつ、そういえば魔王ってあっち方面に帰っていったなとも思い出しつつ、

(魔王死んだかな)

 死んだら死んだで別の方法を考えるだけだが面倒だな、と本間は思った。

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