第一章 物語が終わらなかったので、主人公を殺したら転生した

第3話 主人公が死ねば、物語が終わると思ったら大間違いだ。残念だったな

―り、  り、  り


 と手で握りこまれたようなくぐもった鈴の音がする。

 これは警報音だ。未完の物語が暴走する危険を示す。


「係長」


 緊張した面持ちで小牧は画面を見つめる。

 彼女がキーボードに手をかけていないのに関わらず、画面のWordの文章はひとりでに増えていく。まるで心霊現象のように。

 文章は次のページに移ったところでようやく止まった。


「なんだ」

「物語を終了させるため主人公を殺そうとトラックで轢いたら、異世界転生しました!」

「はああああい?!」



【主人公が死ねば、物語が終わると思ったら大間違いだ。残念だったな】


 

 ここは文部科学省地方文化局の物語終了課。

 作者が完了させるのを諦めた、もしくは作者が死んで終了させることができなくなった物語を暴走する前に終わらせる課である。

 ひとたび未完の物語が暴走すれば人を飲み込む。


 現実世界より物語世界の方がいい、飲み込まれたいという人もいるかもしれない。

 だがそれは、ただでさえ少子化と言われているのに人口減と経済活動の低下をもたらすため、日本政府は認めていない。

 そして、その魅力にとりつかれる人が一定数いるだろうとのことで、未完の物語が現実世界の人を飲み込む事実は一般的には秘とされている。


 物語終了課員は税金の無駄だなんだと言われ悔しい思いを抱えつつ、一般国民の安心安全を願って日夜務めているのである。

 ――たぶん


 

「どういうことですか! 何度も何度も殺したのに、転生に転生を重ねてくれちゃって、輪廻転生なの仏教なの? 解脱してええええええ!!」

「いや、そう簡単に主人公を殺すなよ。この前の通達でも安易に主人公を殺すなとあっただろ」

 新人の悲鳴に、本間は呆れつつ指摘した。


「ですけど、殺さなきゃやっていけなかったんです」

「どうして?」

「だって、金曜日ですよ。もうすぐ定時ですよ」

「うん、それで……」

 答えはわかりきってはいるものの、一応聞く。

「早く帰りたいじゃないですか!!」

 カッと効果音が聞こえそうな勢いで小牧がこっちを見る。

「……」

 うん、わかってた。わかってたけど、こうもハッキリ言われると爽快感さえある。

 本間は嘆息した。 


「しかも今日は合コンがあるんですよ!」

「知らんがな」

 本間はもう一度嘆息した。



「それでですね。主人公は高校生の時にトラックに轢かれ転生し、それを哀れんだ神からの贈り物でチート級の剣技と魔法の力を手に入れたんですよ。話はこいつが無自覚に力を使う日常が繰り返されるだけで、ラスボス的なものもないし、終わるのにホントどうしようもなくきっかけがなかったんですよ。主人公殺すしかないじゃないですか! それで殺したら転生して」


 ぶつぶつと言いながらも、小牧は叩きつけるようにキーボードを打っていく。(どうしても定時に間に合わせたいのだろう)


 最初のトラックという言葉に引っかかりを覚え、本間は手を上げた。

「ちょっと待て、さっきもトラックで轢かなかった?」


「三度目の正直って言葉があるじゃないですか!」

「二度目がその前にあったんかい!」


 何回死んでるのだか、その主人公は――

 ちょっと気が遠くなりそうになる。いやその前に、

「あのさ……転生先って魔法が使える世界だよな。剣と魔法の世界だよな。トラックあるの?」

「トラックは召喚しました」


「……」

 本間はジト目で新人を見やる。

「そんな目で見ないでください。前例があります! いすゞ自動車容認のライトノベル!」


「う、前例……」

 

 前例……公務員にとって水戸黄門の印籠みたいな光輝く存在である。

 ちょっと変な案件と思われようとも、前例があることによって上司を黙らせ押し通すことができる。その案件を否定することは、前例そのものを否定することになるためだ。

 

 裁判所がすべての件に個人の所為で偏りないよう公平に処理するよう、過去の判決を前例とするように。

 すべて等しく同じように案件を処理するよう求められる公務員にとっては、前例にはそう逆らえやしない。


「公務員、前例大好き! ビバ前例!! ウィーラブゼンレイ!」

 事実だけど、そこまで言わないでほしい。

「パクリじゃない?」

「大丈夫です。召喚したのいすゞのトラックではなく、別のです」

「そこ?」



 ―り、り、り、り、り

 くぐもった鈴の音がする。先ほどよりテンポが速い。

 さらに危険度が増したことを示していた。



「あのさ、なんでまたトラックで轢いたの?」

 頭を抱えて唸る小牧に、本間は冷たく言い放った。


「だって! 主人公を刺殺させようとしても、天才的な剣技で無理だし! 落下死させようとドラゴンに持ち上げさせて落とそうとしたら、なんかよくわかんないけどドラゴンと仲良くなっちゃうし! 毒殺させようとしても、魔法でなんとかするし! 病死させるには健康体だし! 溺死させようと、強盗に主人公を寝てる間に縛り上げて簀巻きにして湖に落とさせたら、息苦しさで起きた奴が火の魔法で湖ごと蒸発させて無事だし! 隕石でも降らせてやろうとしたら、なんか古代魔法とか使いだして防がれるし! もう、トラックで轢くしかないじゃないですかああああ!!」


 小牧の絶叫は隣フロアまで聞こえたらしく、なにごとかと人々が顔を出した。 

(いや、むしろなんでトラックは防げないんだ?) 

 本間は首をかしげる。

(や、その前に、問題が……)


 前と同じように、誰もパソコンを動かしていないのに関わらず、画面の文章が増えていく。前回より速い速度で。 


「また転生したね。また同じ剣と魔法の世界で人として」

 その言葉に小牧はドンっと机を叩く。

「転生するならするで、少しは虫とかヤモリとか電柱とかになって! 全部人間とか贅沢でおこがましいわ!」


「異世界転生もので蜘蛛とかスライムとか温泉とかあるけど、人の方が一般的で書きやすいと思うが」


「そういう問題じゃないんです! せめて虫なら殺虫剤スプレーと圧死とか鳥に食べられるとか、あとカフカの『変身』みたいな最後で死んで終わりとかできるじゃないですか!」


「虫が転生しないとは限らないと思うけど・・・」


「やっぱり解脱しかない!? あの野郎、悟り殺してやります!」


「お前が悟ってどうする」


「はい! わかりました! 悟らせ殺してやります! まずはツルッツルッピカッピカッの丸坊主にして出家させて、寺にぶち込んで、空腹な虎を哀れみ自分がエサになるべく投身自殺させてやります!」


 フッシャ―、と猫の威嚇音みたいのが小牧の全身から出ている。

 隣から沸き立つ殺気に気圧されそうになりながら、本間は新人をなだめようとした。


「あの、普通に終わらせることを考えような。剣と魔法の世界で、寺とか出家とかさすがにさ。魔物を退治させて有名になって、どこかの令嬢と結婚とか、魔王倒して世界が救われてめでたしとかあるだろう」

「魔物……例えば?」

「目線で石化させるバジリスク、人型だが知性が低く粗暴なゴブリン、歩く樹木トレント……」

 本間が例を挙げている間に、もう小牧は文章を打っていた。


「石化させるのはいいですね。これでもう終わりだ主人公……ククク」

 肝心の係長のアドバイスなんて、新人にはちっとも響いてないらしい。 


「全部差し向けたんですけど、一瞬で倒されました! 主人公許すまじ! 次は何を差し向けてやろうか」

 クククと悪人顔をしながら、小牧はキーを叩き込んでいる。

「あのさ、完全に魔王目線になってんだけど……」

 と、その時だった。


――リーン


 と鈴の音が響くと同時、定時を報せるチャイムが鳴り響いた。本間はとっさに日本刀を手に取る。 


 眼前に文字が無音で爆発して踊り、空間という空間を埋め尽くす。てんでバラバラに広がる文字からドラゴンやトラックというのが見えて、小牧が書いていた文章から飛んでいるものと知れた。


 徐々に音が遠ざかるように小さくなる。消えたと思った時には、文字が煌々と雪のように融け落ちた。

 眩しさに本間は目を閉じた。閉じていても目の裏が白く痛いほどだったので、手でも目の上を覆う。


 だんだん光の強さがなくなり土の匂いがするのに目を開けると、草原が広がっていた。後ろには森が覆っている。

(物語の暴走による人の飲み込み……)

   


「残業確定」

 怒るでもなく、嘆くでもなく、本間はぽつりとつぶやいた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る