第2話 物語が終わらなければ、主人公が死ねばいいじゃない
テレビをつける。職場に大型のテレビがあるのは、決して娯楽のためではない。
情報収集のためである。物語終了課であれば、話の終わらせ方をどうするかの参考にするために、ドラマやアニメを見ることがあるが。
それも情報収集である。あくまでも情報収集である。
しかし、たとえ他に見たいものがあっても、国会中継は見ないといけない。悲しいことである。これが本来の目的だと思ってはいけない。たぶん。
本間はチャンネルをNHKにし、腕を組んだ。何もなければいい。
とりあえず、物語終了課が話題に上らなければ結構なことだ。だが、そうはならない。
「またナンクセ君がいらっしゃるようだよ」
「ああ、またですか。危険ですね」
本間は遠藤に言い、それを聞いた小牧が首をかしげた。
「ナンクセ君?」
「久世 南議員のことだよ。昔、半分夢オチを指摘して名を売ったせいか、やたらと物語終了課を目の敵にしているような人でね。名字と名前を反対にして、南久世。ナンクセ君と呼んでいるのさ」
本間が画面の端っこに座っている久世議員を指さす。
「面倒なんですね」
「そう、これで文科大臣や事務方がうまく奴の攻撃をブロックできなければ、やっかいな仕事が下りてくる。半分夢オチの時には、過去の夢オチを書き直したり、夢オチは大臣承認を得ないといけなくなったり、終了させることへの条件が新たに付与されたりしたんだ」
「知ってます」
「すみません」
―条件反射的に言ったが、なんかおかしくないか。
今度は本間が首をかしげ、つられるように遠藤も首をかしげた。
「あ、来ますよ」
**
(国会議事堂が広く、テレビに映し出される。次に、真ん中だけのズームアップ。ざわついた雰囲気。久世議員、答弁台へ立つ。)
久世 南議員――まずは、文科大臣、就任おめでとうございます。問題は山積しておりますが、革新的な手腕でもって多大なるご活躍を期待しております。さっそく私事で申し訳ございませんが、私には小学生の息子と高校生の娘がおりまして。ある日、小学生の息子が言ったのです。
クラムボンって何? 、と。小学生の最大の謎にして最強の敵、出たかクラムボン!!
**
―モンスターみたいにゆうな!!
本間は心の中でツッコんだ。
**
久世 南議員――と私は思ったのです。また高校生の娘が言いました。『藪の中』で殺したのは誰? 、と。迷宮入り事件ですよ。ここは、名探偵を出すところではないでしょうか
**
―時代背景を考えろ! 平安時代じゃないか!
本間は唇を噛んで、思いっきり言うのを防いだ。
**
久世 南議員――なぜ謎をそのままにして置くのでしょう。
そもそも、物語終了課を創設した意義は、未完の物語を終了させることにより、懐疑心、もやもやを解消することではなかったでしょうか。だとすれば、終了の定義を見直す必要があると思うのです
**
「ああああああああ~」
班長の呻き声が遠くに聞こえる。
**
久世 南議員――そして、宮沢賢治の『やまなし』と芥川龍之介の『藪の中』に真の決着と終了をもたらすべきではないでしょうか
**
「そんな、あの二つの作品を終わらせないといけないとなれば。宮沢賢治と芥川龍之介の墓の前で土下座して切腹する」
班長が完全に心配性をこじらせている。課長は笑っている。
「班長、班長。決まったわけではないです。落ち着いて」
本間が声をかけるも、
「大丈夫だよ。二回も自殺できん。あははははは」
課長が台無しにする。
というより、名作にずぶの素人が手を入れるなんというナンセンスを国民が認めるはずがないからそこは安心して良いのだが。
**
久世 南議員――どう思われますか文科大臣!
議長――文科大臣
(そっけなく低い議長の声。)
文科大臣――はい。お祝いの言葉をありがとうございます。さて、終了の定義についての話ですが、やはり作者が終了としたところが終了であると思います。
それ以外に、読者が物語を終了したかしていないかを判断するとすれば、一つの物語につきアンケートを実施しなければならないでしょう。
物語を読んだ人物を探すのは大変です。アンケートのために物語を読ませるというのも国民に多大な労力がかかることでしょう。お金がどれくらいかかるかは予想もつきません。故に非現実的であり、今のままの定義を継続させるのが最善でしょう。
それから……
**
「官僚はいい仕事をしますね。クラムボンや『藪の中』には触れないでいるとは」
本間は大臣ではなく、原稿を書いただろう官僚を称えた。
「官僚?」
小牧がまた首をかしげる。
「だいたいの議員はよく調べて質問している。しかも、秘書をブレインにして論拠を組み立てているのもいるしね。正確に答えないといけないし、データを揃えないといけないし、大臣は国会以外の仕事が多くあって忙しいからね。官僚が原稿つくっているのが大半じゃないかな」
本間がまた説明する。
「質問の内容を、大臣は質問される前に知っているの?」
「そりゃそうだよ。すべてが頭の中に入っているわけじゃないのだから。質問者も大臣も台詞はあらかじめ決まっているようなものだよ。劇のように、どう演じるかが肝心さ」
「興醒めです。知らなきゃよかった」
口を尖らせて小牧は不満げだ。
「世の中知らなくていいこともあるのです。係長」
遠藤が非難めいた視線を向ける。
「いや、公務員なら知っとけよ」
遠藤はテレビを眺めつつ、
「そういえば、『藪の中』の犯人は誰だと思います?」
「犯人?」
「ミステリー好きなら、『藪の中』を一度は解きたくなるものですよ。高校生の時、カードでタイムラインを作って推理したものです」
「タイムラインを作ったところで矛盾がでるだろう。三人が三人とも自分が刺して殺したというのだから。自殺も含めてさ。三人が話しているとおりなら、男は三回も刺されていることになるだろ。一回で出血多量で死ぬよ」
ぼんやりと『藪の中』の筋を思い出しながら、本間は言った。確か読んだのは高校生くらいだろうか。
「普通は二人が嘘をついていると思いますよね。もしくは三人全員が嘘をついている。全員正直に語っているとすれば、起きた事実は何か?」
顎に手を当て、行ったり来たりしながら深刻そうに遠藤は語る。
「ほお。面白そうじゃないか」
「一回目盗人が刺す、二回目妻が刺す、三回目の最後に男が刺したところで、HPがゼロになった」
「RPGか?!」
本間がツッコむのも気にせず、遠藤は続ける。
「あるいは、一回目妻が刺す、二回目に男が刺す、三回目の最後に盗人が刺したところで、タルから飛び出した」
「黒ひげか?!」
「係長!そこでコントしている場合じゃないですよ」
―どうしてそこで俺なんだよ。
小牧の言葉に悲しくなりながら、テレビに視線を移す。
**
(久世議員が、初めての授業で手を上げる小学生ばりに手を伸ばしている。)
議長――久世君
(やる気のない低い議長の声。)
久世 南議員――物語終了課の終了について、一つ申し上げたいことがあります。それはあまりにも安直にその場しのぎのように、主人公が死に過ぎていることです!
**
―まずい。
課長も笑わずにテレビを見つめている。班長は死にそうだ。
物語が手におえない状況になって使う手が、主人公が死ぬことだ。
以前は夢オチがその手段だったが、ナンクセの所為で容易く用いることができなくなった。大臣承認なんてそうそう下りるものではない。
それに、今から主人公が死ぬことで終わらせた物語を書き換えるなんてことはしたくない。確か夢オチの書きかえ時に、主人公を死なせることに変更したのもあったはずだ。
全国の物語終了課で量はどれほどか予測がつかない。
**
久世 南議員――死亡の種類を円グラフにしますと、自殺62%、他殺21%、事故死9%、病死7%、災害その他1%です!
(久世お得意の円グラフのパネルが、画面いっぱいに映る。)
久世 南議員―ー見てください。自殺が多過ぎませんか?若い登場人物が死に過ぎていませんか?普通、人がそんなに死ぬものでしょうか。おかしいでしょう。どうなのですか、文科大臣!
議長――もんかだいじん
(はっきりしない低い議長の声。)
文科大臣――お答えします。物語で主人公が死に過ぎている。自殺が多い。
それはおかしいのではとのご指摘ですが、おかしくはないとこちらは考えております。古今東西、主人公が死んで終わる作品が多いのです。例を挙げてみましょうか。ギリシャ悲劇『オイディプス王』、アンデルセン『人魚姫』、夏目漱石『こころ』、トーマス・マン『ベニスで死す』、近松門左衛門『曽根崎心中』、ウィーダ『フランダースの犬』、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』、シェークスピアの悲劇の九割は主人公が死んでいます。九割ですよ。
有名なのは『ロミオとジュリエット』、『ハムレット』、『オセロー』。どうでしょう。読んだことはない方でも、主人公がどう死ぬのが多いのかは予測がつくはずです。
それは、自殺です
**
―いいぞ。
このままうまくいけば、残業はなしだ。そして、主人公が死ぬのに許可がいる事態に陥ることはないだろう。
一番悪いのは今まで主人公が死んで終わらせた物語を全部書き直せといわれることだ。主人公が死んで終わるのは別に妙なことではないという風にもっていってもらわないと困る。
**
文科大臣――このように自殺が多いことは、変なことではありません。また、悲劇だけが主人公が死ぬ物語ではないのです。
夏目漱石の『吾輩は猫である』をお忘れでしょうか。主人公はユーモアあふれる猫ですが、最後にはビールを飲んで甕に落ちて溺れ死にます。
命あるものは必ず終わりを迎えます。ですから、死をもって生の物語を終わりとすることは当然のことでしょう。
ですが、いや、そうと言っても、猫です。なにゆえに、猫は死ななくてはならなったのでしょう。老衰や病気ではなく、酔って溺死とはあまりにも不憫としかいいようがない。
**
―何か変だ。
後ろの官僚がこそこそとしゃべっている。
「原稿からそれたな」
課長が苦虫を噛んだ顔をした。
―頼むから、余計なことは言わないでくれ。
皆、無言でテレビを見つめ、固唾を呑んで大臣の様子を見守る。
**
文科大臣――こんな唐突で急な死は、物語を終了させるために故意に死なせたとしか思えない!
**
「やっちまったー!!」「ああああああ」「あほかー!!」「あ~あ」
それぞれに落胆の声が物語終了課内にこだまする。
「あ、文科大臣は猫好きで有名なんですよ。この前も猫の雑誌に出てたし」
小牧からありがたくない情報をいただく。そんな情報は官僚に入るべきだった。
―でもなあ、普通猫好きだとしても、不利なことを言うなよ
げんなりしながら、大臣の失言で沸いている国会中継のテレビを切った。後はただ、上からの悪い知らせの電話を待つばかりである。
一週間後、電車の中吊り広告で、
『私は事務方に嵌められた!! 元文科大臣が語る国会の裏事情』
というのがあって、本間は息苦しい満員電車の中で天を仰いだ。
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