第85話 おねショタ姉弟ラブコメを読まされようとしている弟(三十路)

 本間 続は眠たかった。

 残業続きで睡眠時間を削っていたからだ。仕事が溜まった責任の自覚があったため、あまり文句は言えなかった。

 休日はたっぷり寝たかった。

 姉のために朝食を作ったなら、すぐにでも二度寝をしたかったのだ。



 だが、しかし。


『よぉ、例の読書感想文の課題図書を送る。明日には着くから、楽しみに待っていてくれ』


 という都道からのメッセージがあったのが昨日の夜。

 その課題図書というのは、『私の弟がこんなにもかわいい』というもので、姉弟の恋愛ものだと言う。

 そんなものを読んでいるところを姉に見られたら、今度こそ『近所の弟』ですらなくなってしまう。

 なにか誤解されて、汚らわしく思われるのも恐い。

 なぜ、なんでもするとか言ってしまったのだろう。愚かな。


『楽しみなわけないだろ』

 

 そう本間が書くと、すぐに既読になり、都道から大笑いするサメのスタンプが連打された。連打され過ぎて、上から下までサメで埋まる。



(あのやろ。いつかいつか仕返ししてやる) 


 本間は昨日のことを思い返して、心の中でそう誓った。

 つまりは、都道からの荷物をちゃんと受け取るまで寝られないのである。

 姉には荷物を開けないようにと言ったものの、手違いや勘違いというものはある。中身が中身なだけにきちんと確保しておきたい。

 しかし、それにしたって。


「ね、む、い」


 苦いコーヒーを喉に流し込む。

 常飲しているためか、カフェインの効きは悪い。

 本を読んだりしたら、完全に寝る自信がある。かといって何もしないのでは、眠りに誘われる。


 というわけで、ジャージに着る毛布を被ってソファーに座り、ろくに頭の中に入ってこないテレビを見ている。

 隣では姉が座り、大学受験の勉強をしている。世界史と英語の問題集がローテーブルの上に広げられている。

 姉は灰色のサメのワンピースを着ていて、可愛らしい。

 それでいて、真剣な表情でノートに答えを書いていく。

 自分にもそんな時期があっただけに、微笑ましい。

 

 それはそれとして……。自分は―― 

 姉にソファーの端まで追い込まれている。脚を閉じ、縮こまっている。


(生息可能領域が狭い)


 最初は普通にソファーに座っていた。(お気に入りの椅子は、とうの昔に解体されている)

 姉が隣に座ってきて、体ごとずずずと押してきて、仕方なくちょっと離れたらまた押してきて……を繰り返したらこの状態である。

 

(狭い)


 訴えたいものの、勉強の邪魔をしたくはない。逃げようにも、着る毛布の端を尻に敷かれている。


「……」


 ねむい。

 くっつかれているため、あったかい。眠い。

 意識が遠ざかり、こっくりこっくりと頭が揺れる。

 頭が姉の肩へ触れ、ビクッと体が震える。慌てて、反対側に頭をやる。頬をつねる。

 眠っては駄目だ。


 ピンポーン!

 と救いのチャイムが鳴る。本間は着る毛布を脱いで、玄関へ向かう。

 玄関を開けると雨風が降りこんできた。


「すみません。雨がひどくて」


 青い制服の配達員が詫びる。届けられた二つの荷物が多少濡れてはいるが、気にするほどでもない。


「いいえ、お疲れ様です」


 本間は荷物を受け取って玄関の棚に置き、受領書にサインをする。

 配達員がぺこぺこと頭を下げて去っていった。ドアがバタンと閉じる。


 と、荷物の伝票の文字が薄いのに気づく。雨で濡れ差出人はおろか、宛先も本間しか読み取れない。


(俺宛てはどっちだ)


 姉が隣で同じように困惑した表情で立っていた。

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