第13話 タイトルに1とあると2を期待する

「誤解されるようなことをやったんだな。なるほど、なるほど」

 都道がふむふむと頷く。

 取調室の空気が冷たい。


「いや、待て、ちょっと待て。今田 みかんとは何もやましいことはない」 

 本間は両手を必死に振る。

 そう、何も悪いことはしていないはずだ。むしろ被害者なはずだ。

「何もないところに煙は立たないという」

「うっ」

 それを言われるとつらい。

「正直に答えた方が楽になる」

 都道は優しい目をし(嘘っぽい)、机のライトをこちらに向け、続けて言った。


「本屋の本に勝手にカバーをかけたのは、君らなんだろ」


「はぁ?」

 予想外の質問に、本間は思わず間抜けな声が出る。

「本にカバー? どういうことだ?」

「こっちが訊きたい。先ほど誤解とまで言ったのに」

「あ、ごめん、ごめん。その誤解は本当に誤解だった。誤解してた。どういうこと?」

 未成年とのことではないと知ると、心軽くなる。


 肩透かしを食ったようで、都道は不満げだったが、

「あくまでも白を切るつもりならいいさ。見れば思い出すだろ」

 と後ろから段ボールを取ってきて、机の上に置いた。

「手に取って中身を見てくれ。これがカバーをかけられた本だ」


 本間は言うとおりに段ボールの中を探る。

 そこには―― 



『舞姫(一)』

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか? シーズン1』

『みにくいアヒルの子 1』

『金閣寺 上』

『浦島太郎 パート1』

『アルジャーノンに花束を 序』

『誰が為に鐘は鳴る 壱』

『さるかに合戦 エピソードワン』


 というタイトルのカバーをされた本があった。


 呆然と本間は手元の本を見る。

 カバー自体は本物と寸分たがわない。表紙の装丁も見たことがあるものだ。

 ただただタイトルに1や上と余計なことが書いてある。  

「え? 舞姫って短いよな。舞姫(二)とかないよな」

「ないな」

 童顔に似合わない皺を寄せて、都道は頭を縦にふる。

「というか、舞姫(二)とかあったら、エリスさんが元気になって日本にカチコミにくるだろ」 

「そうだな」

「他のも色々ツッコミがいがあるけど、ナニコレ」

 本をめくるが、カバー以外になにも変なところはない。


「だから言っただろ。本屋の本に勝手にこういうカバーをつける奴がいるのさ。それも被害の範囲は大規模だ。東京都内だけでも二百店舗はやられている。東京の本の店舗数は千くらいだから、かなりの数だ」

「はい?」

「おかげで本屋や出版社に『舞姫(二)』や『さるかに合戦 エピソードツー』はどこに売っているのかという問い合わせが殺到している」

「はぁ?」

 本間はぽかんと口を開けたまま人形のように固まる。  

「んなあほな」


 そんな本間の様子を見、都道は苦々しく告げる。

「被害が出ているんでは、ただの悪戯ですまされない」

「だけど、常識的に考えて、『みにくいアヒルの子 2』とか『さるかに合戦 エピソードツー』がないことくらいわかるだろう」

 人々の一般常識がそこまで低下しているのかと恐ろしくなる。

 都道はあごをしゃくって本を指し示す。

「その『さるかに合戦』に本の宣伝が挟まっているから、見てみろ」

 本間は言われるがままに手に取って、本を開いた。

 しおりのようになっていたので、目的の宣伝の紙はあっさりと見つかる。



『前回、見事親がにの仇であるサルを討った子がに達

 だが、彼らは知らなかった。

 そのサルに子供がいたことを……

 子ザルは報復を胸に誓い立ち上がる。

 終わらない復讐劇の果てに子がに達は何を見るのか。

 さるかに合戦エピソードツー

 好評、絶賛、発売中!!』

 



「んなわけあるかいっ!!」

 ベシッと本間は宣伝ごと本を机に叩きつけた。


「ただの嫌がらせにしては本物と見間違うくらいに精巧にできている。カバーもそうだが、宣伝も構成も紙質も一緒というこだわりようだ」

「誰が何のためこんなことを……」

「今のところ、監視カメラに犯行の様子は映ってはいないし、本に証拠も残っていない。実に鮮やかな犯行だ。うちのカミさんじゃないとここまではできない」

「カメラに一切映ってない?」

 都道の奥さん語りは無視して、本間は訊いた。

「ああまったく」

 都道は肩をすくめた。


「動機の面から考えるに、物語を完結させたくない連中と考えるのが妥当」

「あ、それで物語未完部の今田 みかん。なるほど」

 ぽんっと、本間は手を打つ。

 ほんと未成年とのことじゃなくて良かったと内心ほっとする。

「なんでちょっと嬉しそうなんだ?」

「いや、なんでも」

 少し焦って、本間は手を振った。


「物語未完部という高校の部活がこのような大それたことをやれるとは思わんがな。動機としては十分だ」

 言いながら、都道は手に白手袋をはめていく。

「若者の尊い未来のために高校生の犯行ではなく、物語未完部の一員である本間 続の犯行として立件……」

 そして、都道は叩きつけられたばかりの『さるかに合戦』の本を丁寧に手袋をはめた手でとり、ビニール袋に入れて封をする。

「あ、これ、鑑定にまわして。指紋でると思うから」

 本間 続の。


「しれっと、証拠を捏造するなあぁぁ――!!」

 絶叫し、本間は都道の腕にしがみついた。


「都道っ! 俺のことを親友とか言うわりに、なに陥れてんだよっ」

 『証拠』とされる本を渡されるまいと、本間は都道の腕をねじろうと力をいれた。

「こういうのはな。騒ぎにならない内に犯人を社会に差し出しておけば、すべてまるくおさまるんだよ。いわば人質だ。親友を人質に差し出すのは『走れメロス』でも定番だろう。あとで何とかするから」

「お前の場合、走るどころかまったく微動だにしないメロスだろうが。こんちきしょうめ」


 

 数十分にわたる押し問答の末、本間は都道に証拠の捏造を諦めさせることに成功した。

 その代わり、一緒に事件が起こった本屋に行くことになった。


 

 都道は行儀悪く背広のポケットに手を突っ込み、鼻歌を口ずさむ。

「犯人は現場へもどる~♪」

「いい加減、俺を犯人にするのを諦めろ」

 

 

 本屋に着くなり、平積みのコーナーへ行く。

 新刊や話題の本らが並んでいて、蛍光色がまぶしいポップもそこかしこに立っていた。

 そして、その本すべてが続きものというのはあり得ないはずなのに、全部のタイトルに1やら上やら書いてある。

 

 本間はハンカチで手を覆い(指紋をつけないようにだ)、本を手に取る。

 外のタイトルには1とあるが、中身のタイトルに案の定1はなく、誰かがカバーに作為をしたのは確かだ。

 次に別の本をとる。

 こちらは本当に続きものらしい。中身のタイトルと外が一致していることに安心して、本間はそっと本を戻そうとして気づく。

 帯の存在に―― 


『怒涛の最終巻!!』


 そう帯には記載されていた。

「いや、終わってないから・・・」

 嫌な予感がして周りを見る。



『終わりを見逃すな!!』

『これが旅の終着点』

『ご愛読ありがとうございました!』

『予想もしないラストがあなたを襲う』


 と平積みコーナーすべての帯にそういった文言がある。


 

「……」

「……」

 本間と都道は顔を見合わせた。

 しばらく二人して固まる。


 都道が何かを思いついたかのように指をパチンと鳴らした。

「本間君」

「あ、なんだ」

「物語未完部の本間 続が物語を終わらせないようカバーをつけ、後になってそれを後悔した物語終了課の本間 続が帯をつけたということで手を打たないか」


「嫌だ」



 結局、事件は迷宮入りとなったのだった。 

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