第三章 タイトルに1とあると2を期待する

第12話 同級生に会うとついつい昔の話になる

「で、こんなところで昔話というわけでもないだろ」

 

 本間はいらだちを隠そうともせず、机を指で叩く。

 本間もスーツだが、向かいにはスーツも黒、シャツも黒、髪も宵闇に溶けそうなほど黒い。真夜中に車ではねたとしても、文句の一つを言いたくなるくらいの全身真っ黒な男が座っていた。

 救いは鮮やかな赤いネクタイのみ。


「何をいってるんだ、久しぶりに同級生に会ったからから少し昔の話しようと言っただけじゃないか。同意しただろ?何も間違ってない」

 目の前の童顔の男はそうさらっと言った。

 本間は大きく息を吸い、机を叩く。

 

「任意同行の意味をもう一度調べて来いやあぁ――!!」


 ここは取調室だった。



【同級生に会うとついつい昔の話になる】


 

 照明が抑えられた室内に、机の上には曲げられるライト。

 パイプ椅子に素気ない机があり、離れたところに書記らしき者がこちらに背中を向けて座っていた。

 紛れもなく取調室である。


「任意同行とか失礼な。ただ親友と親交を深めようとしただけさ。近くの座れるところに案内して何が悪い」

「カフェとかレストランとかあるだろうが」

「ここが一番近かったんだ」 

「お前の職場だからなっ! 常識的に考えろ、都道っ! ってお前に言っても無駄なのは知ってるよっ!」

 本間は頭を抱えた。


 眼前にいる男の名は、都道 府県。ふざけた名前だが、中身はもっとふざけている。

 別名、『人型自然災害』。

 警察官になってからは、『一人西部警察』の異名を勝ち得たらしい。いろいろやらかしたのだろうということは想像つく。

 この頃は大人しくなったと聞いてはいたが……


「あと、親友は断固として否定する!」

 都道は本間の言葉に動揺することはない。

「高校では、同じ放送部で仲良くしていたじゃないか」

「何が仲良くだ。俺は廃部寸前の放送部に名前を貸していただけだし、お前が放送部で面倒を起こすものだから、被害がこっちに来てたりしていたんだぞ」

「何を言っているんだ。放送部は人気だったぞ。特に、ほら『みんなの小中学校の卒業文集を読もう』とか」

「それが一番の原因だろうがっ」

 べしべしと本間は机を叩く。

 それが流れた時のクラスの阿鼻叫喚ぶりを思い出す。

 放送部の一員とであることを知られていた本間は、いきなり不良から胸倉を掴まれた。

 嫌な思い出である。


「え~。ヤンキーの文集で、子供の純粋なキラキラとした気持ちで書かれた『毎日、皆のために頑張っているお父さんが大好きです』とか、幼稚園の七夕の短冊で『おおきくなったら ぱぱのおよめさんになりたい』とかを紹介するのが、最高にたまらなく楽しかったじゃないか」


 都道は思い出すような恍惚とした表情で言った。未成年と間違われて補導されかけたことがあるほどの童顔なので、当時そのままである。


「黙れ、腐れ外道、よく警官になれたな」

 こいつを採用した面接官は今頃後悔しているだろう。

「なに、採用試験のペーパーテストで成績上位だったらしい」

「そういうことじゃなくてな」

 話が通用しない。

 本間は机と頭をくっつけ、お友達になる。


「卒業文集をかぶりなく集めるために、まず卒業アルバムを買い取り」

「高校生の分際で名簿屋みたいなことしてんじゃねえ」

「その上で文集を手に入れるために、ネタとして各先生のテスト傾向を網羅したテスト予想をつくって配り、きちんとまとめたノート作成して貸したりして、勉強に真剣に取り組んだ結果、毎回テスト結果は学年一位」

「そうだったね、良かったね」

 本間はやぶれかぶれに言い放った。


「大学では、各サークル内のどろどろとした恋愛事情をドラマの相関図のようにし、また教授らの権力闘争の様子もオッズを立てて予想した闇ブログは大盛況。その情報源のために努力し、レポートでは優だらけ。えらいものだろう」

「動機が不純……」

「以上の理由で、公務員試験でも良い成績だったわけだ。いやあ、人って面白いよな」

 満面の笑みで都道が言うが、人をネタにして遊んでいるだけだろうと本間は思う。


「ところで、本間君の小学生の卒業文集の内容なんだったっけ」

 都道が首をひねる。

「おい、こら」

「あれ、たしか……」

「やめろっ!こんなところで言うんじゃない」

 顔を青くして本間は訴えるが、都道は無常にも、

「ああ、そうだ『将来の夢、姉さんのような作家になりたい』だった」

「うわああああ――!!」

 再度、本間は頭を抱えて机に突っ伏した。


 離れて座っている書記が背中を向けたまま、ぼそりとつぶやく。

「ええっと、『将来の夢、姉さんのような作家になりたい』ですね」

「おい、そこぉ―! 書記ぃ! 公文書に書くんじゃないそんなこと」

 顔を真っ赤にして本間は訴えるが、書記は素知らぬ顔でパソコンに打ち込んでいく。



「というより、うるわしい同級の思い出話に花を咲かせてないで、本題に移りましょうよ」

 書記は冷静に言うが、そもそも先ほどの話をうるわしいなんて思わない。


(いや、本題?)

 本間は警戒しつつ、都道を見やる。

 都道はぽんっと手を打った。

「あ、そうだ。昔話はしたもんな」

「なにアリバイは作りましたみたいなこと言ってんだよ」 

「まあまあ、そう大したことじゃない」

 にんまりと都道は笑って続ける。


「物語未完部の今田 みかんとのことについて訊きたいだけだ」


 その瞬間、

 青少年保護育成条例という文言が本間の頭によぎった。

 条文をすべて読んだことはないが、未成年と夜間に会うことはアウトだった気がする。

 会うというより、つけられていただけだが。


「誤解だぁ――!!」

 本間はそう叫んで、机にまた突っ伏した。

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