第75話 『主人公』と魔王

 夢と展開が違う。区役所が占拠されるのも時間が早すぎ、防災無線の放送も内容が違う。

 佐藤は走りながら、黒い男のことを思い浮かべた。


 展開が違うのは、主に黒い男の行動のためだ。まさか一人でテロリストを制圧したとは考えにくいが、本間と同じく書くことで物事を現実化させることができるなら納得できる。


(あの男は、本間さんと同じく『現実』の人間だ)


 刀を持つ手に小さな震えが出る。

 今ならわかる。なぜ『現実』側の人間が執拗に自分を殺そうとして来るか。主人公が死ねば物語が終わるからだ。

 物語が終われば、彼らは現実に帰れるのだろう。本間が何パターンも終わりを書いていた文章を見た後ならそう推測できる。


(また僕の所為で、周りに迷惑をかけた)


 足を止め、自殺すればいい。そうすれば、すべてが終わる。区役所で人質になっている人々にも、黒い男にも、本間にとっても、皆にとって良いことだ。

 目にじわりと潤いが溜まる。

 いない方がいい。いるだけで害。それが真実だ。

 それでも、そうであっても。


(死にたくない)


 湧き上がる思いに、心の中で詫びをいれた。



 ****


 

 区役所の正面玄関。ガラスの自動ドア越しに、黒い男が見える。キャスター付きの椅子に座り、銃を頭上に掲げ、皿回しのように人差し指の上で回している。


 刀をしっかりと握る。手の震えはいつのまにか治まっていた。

 意を決して、ドアの前に行く。ドアが開くと同時に拳銃が向けられた。手が自然と刀を抜き飛んできた光を払うと、甲高い金属音と共に銃弾が床に落ちる。

 真っ二つにされた銃弾が転がっていった。


「ほー。あっさりとはいかんか」


 黒い男はそう言いつつも、むしろ面白がり嬉しそうに口角を上げ立ち上がる。

 佐藤は鞘を落として、刀を両手で握る。

 日本刀を扱うのに慣れてはいないが、剣なら経験がある。普通の人よりは使える。


「あなたは、本間さんのご友人でしょう。傷つけたくないので、僕を殺すのは諦めてください」


「ああ、親友だな。傷つけたくないとは、大した自信じゃないか」


「戦闘の経験はだいぶあります」


 主に魔物等の相手だったが、人でも十分に戦えるはずだ。


「それは戦いがいがあるってものだ」


 黒い男はにたにたと笑った。表情は明るいのに、薄気味悪さがあって胃にもたれるような嫌な感じがする。

 端正な顔立ち故に、猶のこと。

 

「僕を殺して物語が終わるなら、他の方法もあるはずです」

「そこまで知っているか」

「だてに何回も殺されそうになってません」


 主にトラックに。


「だが、私は物語を書けないのでね。手っ取り早く殺す方がいいのさ」

「本当にあなたは本間さんの親友ですか?」


 あまりにも正反対で違い過ぎる。仲良くしているとはとても思えない。


「いい質問だ。残念ながら、私はアイツみたくお人好しの馬鹿ではない」


 すっと銃が頭へと向けられた。

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