第九章 VRMMOでログアウトできないのは、もはや仕様

第53話 深夜に上司から電話は最悪の始まり

 スマホが震える。

 覚醒していない頭で、本間はスマホをつかんだ。

 暗闇の中で画面だけが明るい。時間は午前の一時半。


(なんだ、こんな夜中に)

 

 その思いは表示された人物で、嫌な予感に変わった。出ないわけにはいかない。


「課長、夜中に何です?」


 寒いので、布団を目深に被る。布団の外に出たくない。電話だけで済む内容ならいい。


『本間係長。VRMMOって知ってる?』


 それが部下を起こして聞く内容か。


「やったことはないですが、知ってますよ。仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム」


 VRMMO。作られた仮想世界を、専用のマシンで人の五感を刺激し、現実のように体感できるゲーム。更に、多くの人が同時に参加することで、ゲーム世界での対戦や交流できる。


 人気なのは、洋風ファンタジーのRPGで、剣を振ったり魔法を使ったりする。

 大勢と協力して強い敵に挑んだり、他のプレイヤーを負かしたりする。


『なら、細かい説明は省く。あるVRMMOでログアウトできない状況が発生した』


「はい?」


 眠気が吹っ飛んだ。



「課長。ゲーム開発者の陰謀ですか?」


『本気で思っている?』


「いいえ」


 現実逃避したかっただけだ。ライトノベルだと、VRMMOでログアウトできずに閉じ込められることはよくあるが。

 自分に電話がかかってくるという時点で、これは『物語の暴走』だ。


「被害は結構な数では?」

 

『今のところ、最低三万人じゃないかと言われている。ちょうどサービスを終了する日で多くの人がログインしていたらしい』


 多い。稀にみる大暴走だ。

 本間は頭をかいた。


「でしたら、中央が動いてますよね」

 

 ここまでの事態なら、霞ヶ関が動く。地方局の本間の出る幕はないはずだ。

 

『本間係長。二月で年度末の彼らに余裕があるとでも?』


 通常国会。予算消化。人事異動調整。

 二月、三月の公務員はとにかく忙しい。特に三月末までにお金はなるべくなら使いきらなければ、次の年の予算が削られる。

 昔に比べれば緩和し、余ったお金は繰り越せるようになったが、それでも忙しいことに変わりはない。


「ないでしょう。ですが、物語を書くのに何人も必要ですか? そのVRMMOを知っている人を招集した方がいい」


『ことは単純じゃない。暴走した媒体がゲームということで、ただストーリーを書けばいいわけじゃないことがわかった。終わりへの物語を書いたとしても実装するのに何か月かかるか』


 ゲームに反映しないといけないのか。それは難儀だ。


『大臣は起こしたらしいが、夢オチは使えない』


「危険すぎる」


 夢オチは通常の状態では何も悪くはないのだが、物語の暴走状態で使うと高い確率でエラーを起こす。無理やりな強制終了は、物語への負担になるのかもしれない。

 

『内部からどうにかするのが最善の方法と上は判断した。文科省、警視庁、警察庁、自衛隊のゲーム経験者を投入している』


「そうですか。では、私に出来ることはありませんね。VRMMOをやったことないうえに、ストーリーも知らない」


『と、私も思ったのだけどね』


「へ?」


 思いがけない言葉に、上司に対して間抜けな返答をしてしまう。


『ご指名だ、本間係長。都道から「借りを返せ」とのことだ』

 

(あんにゃろ)

 


****



 本間はベッドから這い出て、着る毛布を肩にかけリビングへ行く。

 部屋の電気を点けて、テーブルの上にメモ帳とペンを持ってくる。


「課長、メモを用意しましたよ」


 ゲームの中に入るキャラクターは都道が作ったらしい。その時点で嫌なのだが、仕方ない。キャラクターの新規作成は止めているとのことだ。 

 課長からログインするIDとパスワードを聞いて復唱して書いていく。 


『キャラクター名はネクスト・ポンカン』

「キャラクター名はネクスト・ポンカン」

 

 おい。

 都道め。 

 課長もネクスコ東日本みたいなCMの言い方をしないで欲しい。


『私はコンティニュー・ポンカンの方がいいと思ったのだがね』


「どっちでも同じですよ」


『都道のキャラクター名はシティー・ロードだと』


「そのまんまじゃないですか」


『先に入って待っているとさ。頑張って』

 ログインしたら、真っ先に都道を攻撃してやる。


『すぐにログインしてくれよ。物語の暴走というのは予想がつかん』


「わかりましたよ」

 




 その様子を姉が見ていたことを、本間は知らなかった。

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