第34話 B級にB級を足してもB級

 ゾンビだらけの世界でも電力が生きているのは何故かはわからないが、ありがたい。

 たとえ電気が通ってなくとも携帯している小型ワープロのポメラでどうにかするのだが、パソコンの方が文字を打つのは断然早い。


 警察署内のパソコンを立ち上げ、本間は思いつく限りの終わりを書いていく。それぞれに矛盾があってもいい。

 その中で物語世界に通じるものが反映される。

 

 頭の中の方策を文字に打ち尽くした時だった。

「屋上に来てくれ!」

 との都道の呼びかけに、本間は席を立つ。



 屋上に出てみると、空の様子がおかしかった。

 先程までとは違って、暗く、風が強い。電灯と看板が揺れ、木がしなっているのが見える。

 チンピラが何かを叫んでいるのが聞こえるが、何を言っているのかはわからない。


「都道、これは?」

 少なくともこのような展開は本間は書いていない。 


「警察の無線を傍受していたのだけどな。ゾンビが出た一帯を火炎放射器等で燃やすらしい。しかも、生存者がいる可能性があっても、ゾンビにならない保証がないから一緒に燃やすとさ」


「なるほど。あり得そうなことだ」  

 本間は苦笑する。

 ゾンビも厄介だが、人の方が厄介だ。どう対処するか。なるべくなら人と争いたくはない。


(いや、待て。この天候と何の関係が)


「という訳で、個人的な趣味と実益を兼ねてサメに登場を願うことにした」


 都道がメモ帳を見せてくる。本人の性格をまったく表していない丁寧で几帳面な文字が並べられていた。


 まさか。

 そんな。 


「嘘だろおぉぉ!!」



 B級映画のサメは、嵐にのって空を飛ぶ。



****



「ゾンビにサメって、B級にB級じゃないかっ! わけがわからない!」

 激しくなる風に、本間は大声を出した。 


「甘いな、本間君! ゾンビにサメにナチスの陰謀という、B級にB級にB級を足した、トリプルBな映画が現実にある!」


「どうでもいいわ! その無駄情報!」


 空にはもう魚影らしきものが見える。

 水族館で見たことがあるマグロの群れのように、黒い影が回遊していた。

 本間は刀を構える。



「本間君、すまん! 一つ謝っておくことがある!」

 珍しく、都道が神妙な面持ちだった。

 両手に拳銃を持ち、空に向けて待ち構えている。


「なんだ!」


 上空の影はもうサメと認識できるくらいに大きくなっていた。群れから数体ほどこちらに向かって急降下してくる。

 

「チェーンソーがない!」


「そりゃ、そうだろうがああ!」


 弾丸のごとくサメが突っ込んでくる。

 本間は横へ跳びつつ、刀だけ元居た場所へ突き出した。

 重い感触に歯を食いしばって耐える。軽くなった時には、サメの三分の一ほどスライスされていた。


「残念だ! チェーンソーを用意すれば良かった!」


 サメを退治するのに、チェーンソーは定番である。

 都道はそう言いつつも、サメに銃弾を浴びせ落としていく。手早く弾倉交換し、次に狙って撃つ。


 都道が撃ち落としたものの、息の根があるサメにも本間は刀を突き刺していく。これは降ってくるサメを倒すより比較的楽だ。

 ビッタンビッタンと跳ねながらも、びっしりとした鋭い歯が向かってくるが、側面にまわってしまえばこちらのものだ。


「本間君! お願いがあるのだが!」


「なんだ!」

 どうせ、ろくでもないことだと思いつつ、本間は返す。 


「チェーンソー用意するから、終わったらもう一回やらせてくれ!」


「やらせるわけねえだろうがあぁぁ!!」



****



 あたたかな日差しが雲の間から屋上を照らしていた。風もひらりと木の葉を揺らすだけ。


 サメの残骸があたりにゴロゴロと転がっている。

 警察署の周りのゾンビらは、すべて動きを停止させ、ただの死体へとなっていた。


「楽しい時間はすぐに終わってしまう。体感時間とは不思議なものだな」

 都道は口惜しそうに呟いた。


(そうかよ。俺は随分長く感じたけどな)

 本間は疲れ切って、コンクリートの床に横になっていた。

(終わった。とりあえず、終わった)


「本間君。サメは晴れにすればもう来ないというのはわかるが、ゾンビの対処はどうしたんだい?」


「ゾンビの感染は普通、ウイルスの所為だとされる。だが、寄生虫の所為にして、寿命を設定した。九十分に」


「ほお。なぜ、九十分?」


「……B級映画の上映時間」


 


 チンピラは運が良くも生き残っていて、ミノムシ状態で失神していた。

 当然ながら、銀行強盗は起こらなかった。

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