第92話 カップルを成立させる、たったひとつの冴えたやりかた
ぐぐぐぐっと本間は角戸から盆を引っ剥がそうとする。盆という盾がなくすわけにはいかない角戸は必死に抵抗していた。
「冷静になろう。本間さんんん」
「冷静になるから、一回殴らせろ」
「いやだああああああ!!」
と、電話が鳴り響く。近くということもあり、本間は受話器をとった。男の声がする。
『進捗はいかがですか?』
「ダメです」
本間は思い出した。物語を終わらせないといけないことを。
『作家缶詰プラン』で良かった。
『困りますね、先生。読者の皆さまが待っております』
「すぐに書きます。電話をありがとうございました。失礼致します」
物語を終わらせていないのは角戸で、本間は言われる筋合いはない。だが、そういうプランなのだ。
「角戸を殴ろうとしている場合じゃなかった。冷静になろう」
「わ、わかればいいのだ。は、ははは」
角戸がふぅと息を吐く。
「現実に戻れば、日本刀があるしな」
「わかってねえええ!!」
角戸がわめいているが、姉のことで妥協するつもりはない。
本間は机へ戻り、姉の隣に正座する。
「ね……妹さん。頼るのは情けないと思うのだけど、鈍い男と女性をくっつけるいいアイデアはないかな?」
姉は本間を見上げると、わざとらしく嘆息した。
「あったら実行している」
「ごめん。そうだよなあ」
本間は足を崩して、あぐらをかいた。
恋愛ものは苦手だ。そういったものは得意な部下らに任せていた。今までのことを考えてもちゃんと終わらせた実績はない。
「恋人ってどうやったら、できるんだっけ?」
自分のことを考えそうになって、頭を振る。自分のことではない。
だけれども、告白して受け入れる以外の方法があるだろうか。
「私もそれを考えてる」
作家の姉も悩むのだ。
難問である。
「鈍感な男がどうやったら、女性の好意を受け入れるか。または、好意があるのだから男側から告白させる」
「それは無理だと思う」
「……そうだな。自覚がないものな。例えば、当て馬を用意して嫉妬させるとか」
「角戸さんはかっこいいと思う」
(やはり、姉さんは角戸のことを)
どこが良いのかさっぱりわからない。自分がいないと、思わせてしまうのだろうか。
胃らへんがむかむかして、本間は角戸をにらみつけた。
角戸は犬が水浴びをした後のように、高速にブルブルと震える。
「角戸のことは後でゆっくりと話そう。嫉妬の件だが」
「当て馬は上手くいかなかった」
「そうか」
角戸と格闘し、電話している間に書いたのだろう。
もう試してみたのなら、使えない。
むしろもう、恋愛ものとして終わらせない方がいいのではなかろうか。恋愛にこだわるからいつまでたっても終わらせられない。
と、一つ考えが浮かんだ。
「角戸」
「なんだ」
角戸は盆を持ったまま、ドアの方まで移動していた。次は部屋の外に逃げられるようにとのことだろう。
甘い。
「帰ったら覚えてろ」
本間はパソコンを引き寄せ、キーボードをカタカタ打つ。
物語の続きに、数年後に主人公とヒロインが結婚し、子供が生まれ幸せに暮らしている描写を書いた。
告白や両想いになる場面というのは、すっ飛ばした。
結婚すればいいのである。
なんとなくいい雰囲気で良い感じに終わった。
綺麗ですっきりとした旅館の部屋から、ごみごみとした雑多なひどい現実の部屋に戻ってきた。
帰って来たらやることは一つ。
本間は床に転がっていた日本刀を拾う。
「角戸ぉ!! うちのね……妹さんをよくも」
「待てええええええ!!」
柄に手をかけようとした本間の背中を姉が引っぱる。
「続、駄目よ」
「さすがに殺しはしないよ。だが、未成年保護条例違反で警察につきだすより先に、俺がボコボコにして」
更に姉が引っぱる。
「どうして? ここの家には来たばかりで、角戸さんに会ったのも初めてなのに?」
「はぁっ?!」
本間は臨戦態勢から手をゆるめ、姉の方に振り向く。
頭の中には疑問ばかりが浮かんだ。
「じゃあ、どうして家のベルを鳴らして……」
「友人の家が近くで間違えちゃった」
「そう。そうか」
本間は力が抜けてへこたれた。ちょっと離れて、角戸が頭から壁にもたれかかっている。
姉はふんわりと微笑んだ。
「続のアイデアは面白かったわよ」
自分の書いたものを褒められるのは嬉しいが、少し照れくさい。
本間は頭をかき、少し赤くなりつつ答える。
「ああ、ありがと」
「リア充、爆発しろおおおお」
低い呻き声が角戸から発せられた。
友人の家が近くというのは夏美の嘘であるが、本間 続は姉の言うことなら素直に信じる弟だった。
そして、結婚情報誌がテーブルに置かれ、続が慌てることになるのは、また別の話である。
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次回は8月公開予定です。『悪役令嬢に転生したが、元の乙女ゲームをRTAany%でクリアしたので内容がさっぱりわからない』の章とホワイトデーの話を書く予定です。
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