第91話 社会人と女子高生の恋愛は、創作の中でしか認めんぞおおお

 角戸が書いている間、手持ちぶさたになった本間は疑問を姉に切り出した。  


「ところで、ね……妹さんはなぜ角戸の家まで来たんだ?」


 本間は姉に角戸の家に行くことなど告げてはいなかったし、そもそも家を知っているはずがない。

 玄関のベルが鳴って出たら姉がいて、その瞬間に物語に一緒に飲み込まれたのだ。


「ええっと。その」


 姉がもじもじと手を握りしめたり開いたりする。あまり言いたくはなさそうだ。その様子に本間はピンとくる。


「ね……妹さん。角戸と付き合うのはおススメしない」


「おいコラああああ!!」


 テーブルの反対側から角戸の声がした。

 姉の幸せを願おうと思えど、言うことは言わなければならない。角戸は売れない作家で将来性に乏しい。部屋はゴミだらけだ。

 そんな奴に姉はやれない。


「いいかい。年上の社会人は大人で、憧れの目で見てしまうかもしれないが、幻想だからな。数年も経てば、大したことないというのがわかる。やめておきなさい」


 姉がしゅんと頭を下げた。前髪で目は見えないが、口角が下がっているのはわかる。

 沈んだ様子の姉に罪悪感を覚えるが、姉のためだ。


「おい勘違いもほどほどに」


 パソコンから角戸が顔を上げる。

 姉はまだ若い。角戸はいい大人だ。

 姉が角戸の家まで来たということは、その前にも……と考えそうになって、ふつふつと怒りがこみあげてくる。

 本間は立ち上がり、テレビの横にあった新聞紙を丸めた。


「角戸。未成年に手を出しやがって。社会人と女子高生の恋愛は、創作の中でしか認めんぞおおお!!」


「ちがうあああああああ!!」


「来月には高校生じゃなくなるもの」


「そういう問題じゃない」

「反論するところが違う!」


 姉がギュッとズボンを引っぱってくる。角戸を守ろうとする健気さに、胸が痛くなるがそれとこれとは別だ。 


「続。現実でも愛があればじゃ駄目かな」


 姉の言葉にぐっとくる。いや、姉は優しいから、ダメな男につけ入られてしまうのだ。


「ちょっ!! 誰か知らないけど、火に油を注ぐのやめてええええ!!」

「知らないのに、付き合っていたのか!!」

「付き合ってないって!!」

「ちゃんと付き合う気もなかっただと! 遊びか!」


 本間は姉の手をほどき、両手で新聞紙の強度を上げる。新聞紙では生ぬるい。なぜ物語に入った時に、いつもの日本刀を持っていなかったのだろう。


「誤解だあああああ!!」


 お盆を持って、ずりずりと角戸は本間との距離をとる。

 しかし、廊下への扉がある側が本間だ。窓から飛び降りない限り、逃げ場はない。奥へ奥へと本間は角戸を追いつめていく。


 角戸がカーテンを開けると、

『先生、原稿をお待ちしております』と『窓から逃げるつもりですか?』

 という張り紙が窓にされてあった。


「なんだこの旅館!!」


 『作家缶詰プラン』。仮想の編集部が付き、作家を追いつめていくプランである。物語終了課も外注で使うことがある。

 彼らは完結するまで、作家を宿から一歩も出さずに監視する。


「角戸お!! うちのね……妹さんをもて遊んで無事に済むと思うなよ」


 本間はゆっくりと部屋の隅の角戸に近づいていく。丸めた新聞紙が力の入れすぎで折れてしまった。手近にあった週刊誌で補強する。


「ひいいいいい」


 角戸はへっぴり腰でお盆を構えた。

  

「続」


 凛とした姉の声が響く。本間は止まり、角戸はお盆を脇に抱え、祈りを捧げるように両手を組む。


「さっきの、どう思う?」


 本間は無言で新聞紙を振り下ろした。


「止めるんじゃないんかああああい!!」


 角戸はお盆で新聞紙を受け止めてくる。バシッとかなり強い音がした。 


「うちのね……妹さんに頼ろうたってそうはいかないからな」

「人の話を聞けエエエ!! マジでそこの女の子とは初対面だって!」

「はぁ!? ならなんでお前の家を知ってんだよ」

「知らねよおおおお!!」




 姉の夏美が角戸の家に来たのは、日が暮れても職場でないところに弟がいることをGPSで知って女性関係じゃないかと来たためである。

 弟のことで頭いっぱいな夏美は、哀れにも角戸のことなどこれっぽっちも頭になかった。

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