第102話 歓迎会と出番が来て嬉しいワンコ

 長瀬 佐奈は先輩にビールを注ぐ。運動部だったので、上下関係は重んじる。 

 大学の入学式は座って人の話を聞いているだけだったが、歓迎会となると違う。周りは知らない人だらけだ。

 その中で高校からの友人がいると少し安心する。


「さっちゃんがいて良かった」

「それはこっちのセリフ」


 夏美はすみっこで緊張していた。他の人から話をふられては、返していく。これが、新入生としてありがちな態度だと思う。


「一つの物語を終わらせてないのに、新作を書くというのは正義よ! 数多く撃てば当たる弾もあり! 物語の量産が、良い作品の産出に繋がるもの! 皆さま、完結しないことを恐れずに書き続けましょう!!」

「みかん様――!!」

「ありがとうございます―!」


 奥の規格外は置いておいて。

 夏美は大人しめで押せばワンチャン、と思われたのかぐいぐいと男性らに彼氏の有無やらを訊かれカワイイともてはやされる。

 それに対して、夏美は困った顔をして話題を自分から別に移そうと努力していた。

 少し助太刀をしてあげよう。初日からこれだと女性から嫉妬されて友人作りが難しくなる。

 と佐奈が口を開いた時、爆弾は落とされた。


「私は好きな人がいるので……」

「え、そうなの?」


 夏美にそういう人がいるって、初耳だ。

 今度は逆に女性らが食いついてくる。夏美は「年上だけど、かわいいの」と返していた。


「なっちゃん、後日によーく聞かせてね」


 小声で夏美に言う。

 相手が知っている人なら協力し、相談にのってあげたいし、なによりも恋バナはおいしい。


「さっちゃんには前から話しているけど……また話すね」

「ん?」


 佐奈は首をかしげた。

 話された覚えがない。記憶をさらったがない。そもそも好きな人という内容だったら絶対に覚えているはず。

 でも、夏美が嘘をつくとは思えない。


「ん?」


 いくら考えても謎は解けなかった。

 


 ****

 


 歓迎会もお開きになる。店の前でグループができたところは二次会へと行くらしい。夜も遅くなると、帰りが心配になる。

 佐奈が時計を確認すると、と九時半過ぎ。微妙な時間。


「なっちゃんはどうするの?」

「迎えを呼んでいるの、駅で待ち合わせをしてる」

「もしかして、例の好きな人?」


 この時間に待ち合わせして来てくれる相手といったら、親しい人に違いない。しかも、大学の歓迎会の後だ。誰かに取られることを懸念してというのも考えられる。

 予想通り、夏美が少し頬を染めた。


「いいじゃん、いいじゃん」


 ひじで軽く夏美の腕をつつく。夏美がくすぐったそうに、つつき返してきた。

 夏美は、彼氏はいないと言っていたが、秒読み段階だろう。

 年上というから別の大学の人で、夏美が好きになるくらいだからきっとイケメンと想像をふくらませる。


 

 そうしながら、駅前の広場まで来た。

 なにやら、スーツ姿の男性とみかんが言い争っているのが見える。


「今なら間に合う、みかんの言うことは聞いてはいけない。今田 みかんというのは、未完教というカルトの教主で危険人物なんだ」

「と言ってるけど、物語未完部の係長よ。証拠はこれ」

 

 みかんが裁判後の『勝訴』という風に、折った紙を広げる。

 『物語の未完は最高であり、未完こそが素晴らしき真理ということを理解し、物語未完部に入部します。本間 続』と書かれていた。


「おおおおおおい!」


 男はすぐさま紙をひったくって、ビリビリに破いてポケットの中に入れる。


「ふふふふ! 甘いわね! それは単なるコピーよ」

「くそおおお!」



 そんな二人を夏美が、ちょっとふてくされたように見ている。

「……えっと」

 まさかだけど、大分年上に見えるあの男性。でも、苗字が本間で同じだった。


「続」 


 冷やっとするような声が夏美から聞こえた。


「あ、ね、近所の妹さん!」


 続と呼ばれた男は、怒っていた顏から一転して笑顔で夏美のところへ駆け寄ってくる。大人の男の人に言うのはなんだけど、ご主人を見つけた犬のよう。

 それと近所の妹さんとは、あまりにも説明な言い方。     

 夏美は続の頬を、子供への罰のように両手でむにっとつねった。


「いいいいいぃぃ」


 いまいち、どういう関係性なのかよくわからない。


「ちょ、なに?」


 続が頬を両手で押さえる。

 

「続がみかんちゃんと仲が良さそうだったから」


 わかりやすい嫉妬。それにみかんが先に驚いた。


「なっ、誰がアイツなんかと。なんとも思って無いんだからね」

「ばっ、バカ言うな。勘違いするなよ」


「ツンデレなセリフなのがまた嫌っ!」


「……」


(後で、きちんと説明を受けよう)

 佐奈は棒立ちのまま、そう思った。 

 

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