第104話 まったりのんびりスローライフに侵食されかけて

 バター焼きにされたマテ貝が、夕食に出てくる。

 本間はフォークで身を剥がし、口に入れた。

 見た目は見慣れないが、味はアサリより濃くうまい。皿の底にたまった汁をパンにひたして食べてもいいが、パスタにも合うだろう。

 胃が心地良く満たされていく。

 

「ああ、いいなあ。こういう暮らしをずっとしたい。残業はなく、のんびりまったり日々が流れていく……」

「え? すればいいじゃないか」   

 

 主人公の少年は不思議そうな顏をした。


「それはなあ」


 彼は物語の中の人なので、本間の事情を知りようがない。

 いつかは現実世界に戻らないといけないのだ。

 本間が物語の中にいることは、一日もすれば知れる。物語を終わらせるべく、誰かが現実世界から干渉をすることになる。


(誰が……?)


 悪友と姉の顏が浮かんで、本間はフォークを落とした。皿に当たって、甲高い音が鳴る。

 姉を巻き込むわけにはいかない。

 そして、あの赤いネクタイの真っ黒な悪友が出てくるとなると……。


(目の前の主人公が殺される!!)


 冷水を浴びたように、頭の中がシャキッとなる。前のことを考えれば、当然のようにやる。合理的な判断で。

 過労死した主人公が殺害されるという終わり方は、あまりにも酷過ぎる。

 また、再度転生されても困る。


「どうした?」


 主人公が心配そうに言う。

 急にフォークを落として、しかめっ面してはそうなるだろう。本間はフォークを取り直した。


「いや、大丈夫」


 どう終わらせるか。

 スローライフで肝心なのは、いかに楽に生活費を稼ぐか。あるいは、現代社会にあって便利なもの、美味しいものを異世界で再現するかにある。

 セオリー通りでれば、実現可能なだけの能力を主人公は与えられているはずだ。


「そういえば、お金はどうしているんだ? さすがに自給自足ではきついだろう」


「触れたものを塩にする力を神さまに頂いたんだ。それで稼いでいる」


「へえ」


 塩は昔からなくてはならないものだ。価値はある。

 だが、大儲けしようとすると既存の商人や利害関係者を敵にまわす。更に、保存に必要な塩は戦争に欠かせないものだ。国家の利害にも関わる。

 後々、大ごとに巻き込まれそうな能力ではある。大風呂敷を広げたがる角戸らしい。


「塩の商人から恨みをかわないか?」


「パンやブドウを塩に変えて、彫刻として売っているから競合しないんだ。リアルでよくできていると褒められた」


「彫刻かあ」


 美術品として売っているのか。で、これはどうなるのだろう。作者である角戸はどうやって話をふくらませようとしたのか。

 異世界の人たちとほのぼの交流する系の物語になるのか。


「ああ、なら町か村に住んだ方がよくないか。その方が便利だし」


「前世では人間関係に苦労したから、人里離れたところでのんびりしたいのさ。それに芸術家って、世捨て人でもいいだろう」


「そうだな」


 本間は口ではそう言い、


(スローライフしかしてねぇえええ!) 


 と心の中で叫んだ。

 終わりにはほど遠い。

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