第66話 夢から覚めたら、夢のことを覚えてたり覚えてなかったりする
――という夢を見た。
騒がしく、苦労ばかりをしていたが、心温まることもあった。部下に上司に振り回され、なぜか年下の姉がいて、めちゃくちゃな友人がいて……。
浮き上がるような感覚と共に、目を覚ました時にはすべてを忘れていた。
****
――という夢を見た。
両親は殺された。好きな人も。
いきなり誰でもいいから二人を殺せ、そうしないと殺されると区の防災無線放送が流れた。性質の悪いイタズラと思った。
テレビで人が殺されている場面を見ても、ドラマかと思った。
そうでないと知ったのは、目の前に死にかけた人がいるのに警察も救急車も来ないからだった。
こんな筋書きを書いた作者を呪った。
まさか作者本人がくるとは思わなかった。
だから……
冷水を浴びせられたかのように、意識が覚醒した。
佐藤 隆はベッドから上半身だけ起き上がる。さっきまで握っていた日本刀はない。手を握っては開く。自分の感覚に異常はない。
ジリリリリリィ!!
時計のアラームの音にびっくりして体が浮く。アナログの針が7時を指していた。アラームを止める。
(7時なはずがない)
作者らと会ったのがもう昼の4時頃だったはず。
カーテンを開くも、窓の外の光景は朝だった。雀が鳴いているのが聞こえる。理解が追いつかず、ぼーっと外を眺める。
その時間が短かったのか長かったのかわからない。
「隆! ごはんよ。下りてらっしゃい!」
母親の声だ。
パジャマのまま、階段を駆け下りる。リビングへのドアを開けた時に食卓に見えたのは、死んだはずの両親といないはずの人物の姿だった。
「ほ、本間さん?」
「あ、すみません。お世話になります」
本間はそう言って、頭を下げた。スーツ姿は変わりない。
「隆、知っているの? 本間さんはね、従兄弟の恩人なのよ。転職活動でこちらにいらしてね。就職口が見つかるまで、しばらくはうちに泊ってもらうの」
母が説明するのに、佐藤はあんぐりと口を開けたまま聞く。本間はすまなそうに頭を二度三度と揺らした。
「孤島で一緒だったんですよ。よろしく」
「いえ、こちらこそ」
佐藤はドアノブを掴んだまま、思わずお辞儀をした。
佐藤は食パンにバターを塗り食べつつも、耳をそばだてる。
自然な様子で両親と本間が話しているのを見ると、本当にアレは夢だったのかと思えてくる。
ただの夢であれば良かった。
だけれども、そうではない。
テレビで、ピエロが皿を回していた。この映像を前にも見たことがある。生中継なはずなのに。
三つの棒それぞれで皿を回す、それを一つはあごの上にのせる。見事にのせたまま皿が回る。歓声があがった。
ここまではいい。この後、一つ皿を落として割る。左手の皿を。
滑ったかのように、ピエロの右の皿が脇に飛ぶ。慌てて右手でキャッチし、あごの皿もバウンドさせて取ったものの、バランスを崩し左の皿が落ちる。
ガシャンと音を立てて皿が割れた。
夢だと思っていた出来事、そのままだった。
時間が巻き戻っている。惨劇は今から起こる。
(本間さんが何かした)
彼が書いたことは、この世界でその通りになる。あの短時間でそう書いたのだろうか。
と、父が立ちあがる。
「じゃあ、行ってくるよ」
「待って。父さんも母さんも、今日は家から出ないで欲しい」
「何を言ってるんだ? 仕事なんだぞ」
父は不審な顔をし、厳格にそう言った。白髪混じりの頭が遠ざかる。
事実を言っても受け入れられない。
夢でこれから起きることを見た。この世界は物語で、皆その登場人物。
あまりにも荒唐無稽だ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。あ、皿を洗いましょうか」
「いいのよ。食洗器につっこんでおいて」
「はい」
本間と母のやりとりが、近いはずなのに遠くに聞こえる。
これから地獄が始まる。なんとかしなきゃいけない。
大きくあくびをしながら廊下に出る本間の肩を、佐藤はつかんだ。
「本間さん。時間が戻っているのはどうしてですか?」
「は? 変なものでも食べた?」
きょとんとする本間に、佐藤は言葉を失う。
演技じゃない。
「どうしたんだ?」
茶色の瞳が不思議そうに見上げてきていた。
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