第84話 おねショタ姉弟ラブコメ作者の姉(女子高生)

 窓に激しく打ちつける雨と風の音で、目が覚めた。カーテンを開くとどんよりとした空が広がり、明りが雨でぼやけているのが見える。 

 夏美はすくっと立つと、リビングの方へ向かった。


 ドアを開けると、バターの香ばしい甘い匂いがふわっとし、焼ける音が聞こえる。


「おはよう」

「ああ、おはよう。ちょうど良かった」


 キッチンのところにいる弟が振り向いた。まだ寝間着のジャージを着たままだ。そのままフライパンを持ってきて、テーブルの皿にフレンチトーストを盛る。


「ありがとう」

「うん」


 テーブルにつくと、もうハチミツにフォーク、ナイフも用意されていた。弟がコーヒーメーカーからポットを取ってきて、カップに注ぐ。

 コーヒーの濃い香りが鼻腔をくすぐる。甘いのに合わせるため、いつもより苦味のある豆で淹れたのだろう。


「熱いうちに食べて。俺は自分の分を作る」


 と弟はキッチンへ戻る。


「今日はどうしたの?」


 いつもの休日なら、弟は遅くまで寝ている。早く起きて朝食を作ってくれることはあるけれど、仕事が忙しい時は別だ。


「昨日、義理じゃないという言葉を都合良く解釈して、姉さんに不快な思いをさせたから」

「……」


 誤解している。

 それを解こうとすれば、よけいにこじれそうな気がして夏美は黙った。

 湯気を立てているフレンチトーストを、まずは何も付けずに切って口に入れる。

 口の中でほわっと甘いのが広がる。噛むと砂糖でカリッとした。厚めの食パンを使い、たっぷり卵液がしみていたためか、中はふわふわととしている。

 ハチミツがなくとも、素朴な甘さ。


「美味しい」

 自然と言葉がもれた。

 

「それは良かった」 


 弟はパンをひっくり返し、フライパンに蓋をする。

 

 いつもより凝っている。中までふわふわなのは、卵液がしみるまで待ったから。外がカリカリなのは最後に砂糖を表面にまぶして焼いたからだ。

 コーヒーも予想通り、ほろ苦さが酸味や甘味より際立っていて、甘いフレンチトーストに合っていた。

 温かさがじーんと体の中に入っていくのを感じる。

 少しの手間が美味しく、嬉しい。

 

(嫁に欲しい)


 と頭に浮かんで、何か違うと夏美は思い直した。

 この言葉をよく友人の佐奈から言われているためだ。



「あ、そうだ、姉さん。俺宛ての荷物が着いたら、絶対に中を開けないように」

「絶対?」

「絶対」


 絶対と言われると気になるのが人の性。

 と、夏美自身もあることを思い出した。


 今日は校正された原稿が届く。

 『私の弟がこんなにもかわいい2』の原稿が。

 おねショタもので、姉弟もののラブコメだから、弟には見せたくない。弟にはそもそもペンネームも、何を書いているかも教えてない。


「私も、私宛ての荷物が届いたら、絶対に中身を見ちゃだめよ」

「絶対?」

「絶対に」




 後々の喜劇の始まりである。  

   

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