第86話 嫌な偶然は続くもので
A4が入る同じ大きさの段ボールが二つ。重さも同じくらい。振ってみても、詰まっているのか中身はしれない。伝票では誰宛てかわからない。
そして、本間も姉も互いに自分の荷物を開けられたくない。
「……」
「……」
荷物はローテーブルに置き、二人はソファーに座ったまま固まっていた。
「姉さんの荷物の中身は何?」
「校正が入った原稿」
「姉さんが書いた小説を読みたい!」
本間は熱を入れて言うが、姉は頭をふる。
「読ませられない……」
「姉さんが書いたものなら何でも読むよ。ジャンルは関係なく」
「恋愛ものだから、読ませたくないの」
「昔は読ませてくれたのに……」
本間はしょんぼりして肩を落とす。
「続、ごめんね。読みたいと言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと、その、恋愛が特殊で……」
姉は恥ずかしそうに視線を下に向ける。
「BLでも百合でもTSでもNTRでも、主人公がヤンデレでも人外でも、なんなら特殊過ぎるのでも、姉さんが書いたものなら全て読みたいから」
「そういう問題じゃないの!」
べしべしと姉はサメのワンピースのヒレで本間をはたく。ワンピースのポケットがちょうどヒレになっていて、パタパタと動かせるようだ。
「そう言う続の方は何が入っているの?」
「あ、その、あの、本……」
タイトルは言えない。検索されるとやばい。
『私の弟がこんなにもかわいい』に続くワードは、姉弟愛、おねショタ、姉萌え、弟溺愛である。
うっかり一度検索してしまったがために、Web広告が学習してしまいソレ系統の作品をおススメされてしまうようになった。
何が『お姉さんが教えてあ、げ、る』だ。エロいのは画面を叩き割りたくなる。
うかつに携帯を見せられない。
「続が何を読んでいるか知りたい!」
「姉さんは見ない方がいいやつで……」
本間はそっぽを向く。
「そう。でも、私に荷物を開けさせてくれない? 中身がエロ本でも、続も成人男性だしわかるから。ショック受けないから」
「いやいやいや。そういう問題じゃなくてなっ。エロ本じゃないからなっ」
慌てて本間は訴える。アシカのように手首をパタパタとさせた。
「ならいいじゃない」
「よくない。都道が送ってきたものだから、害悪なものなんだよ」
「都道さんが……」
一瞬、姉の目が光ったような気がした。気のせいだと思いたい。
「続の恥ずかしい酔っ払い発言集なら、とても読みたい」
「ないわ、そんな本」
「都道さんなら作りそう」
「や、そうだけれども、違うから」
と本間は言った後に気がつく。どちらの荷物が正解だろうと、本一冊が入っている重さでも容量でもない。
(都道め、何か仕掛けているな)
何としてでも、自分の荷物は自分で開けなければ。
「姉さんの担当者に、送った荷物の伝票番号を問い合わせて。そうしたら、丸くおさまる」
姉はスマホを取り出すとタップし始める。口が半開きになり、指の動きが途中で止まった。
「あ」
「どうした?」
「担当さんは海外旅行に行っていて、今はもう空の上……」
「なんだって」
「イタリア、ドイツ、フランスに行くって言ってたから、時差もあるし、連絡つくのがいつになるか」
間が悪い。
原稿が入っているなら、連絡つくまで開けないというわけにはいかないだろう。締め切りがあるはずだ。
「都道さんなら、すぐに連絡とれるでしょ」
「都道に連絡をとってみろ。面白そうな匂いを嗅ぎつけて、家に来るぞ!!」
二人とも見せたくないものが荷物に入っている。そんな美味しいシチュエーションを黙って見ているわけがない。更に引っかきまわすだろう。
絶対に駄目だ。
「そ、そうね」
「姉さんにわかってもらって良かった。都道に関わったらいけないよ」
「続がからかわれている分には、微笑ましくていいのだけど。羨ましい」
(よくない)
姉が都道に悪影響を受けている。
いつ連絡先を交換したのかが不明で恐ろしいのだが、姉と都道はやり取りとしているらしい。
純粋で優しい姉が、サドで嫌がらせを考えることに脳の大半を使っているような人物と仲良くしている事実。
姉が汚れる。
助けなければ。
「都道さんにね。続が酔っぱらった時に、不一家のペロちゃん人形に抱きついて愛を囁いていた話を聞いたの。その場に居たかった、見たかったな」
「ああぁぁぁあ」
重症だ。
本間は恥ずかしさに顔を手で覆う。姉が救いようもないくらいに、都道に染まっていることに愕然とする。
「私が二十歳になったら、一緒にたくさんお酒を飲もうね」
にこやかに姉が言った。その笑顔は眩しいが、前の発言からして自分の失態を見たいのがありありとわかる。
「……」
「続は私と飲みたくないの?」
こてんと姉が首を傾げて、下から覗き込んでくる。大変、可愛らしい。
「飲みたいです」
その場合は、店員に言ってノンアルコールにしてもらおう。
と、またピンポーンとチャイムが鳴った。
荷物は来たからなんだろうと、本間が玄関を開けると深緑色の配達員が現れた。
「時間指定のお届けものです! サインをお願いします!」
急いでいるのだろう早口だったもので、本間はささっと受け取りサインを書く。
「ありがとうございました!」
ドアが閉まった後に、荷物の伝票を見ると――
前の二つと同様、差出人と住所が雨で滲んでいた。宛先は本間しか書かれていない。
「ドウシテ……」
三つ目の謎の荷物が追加された。
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