第113話 本間姉弟とゆかいな今田一家

「続。詳しく言わないから誤解するの」

「はい」


 バスに揺られながら、本間は返事をする。何の誤解かはわからないが、姉の機嫌が悪いのは察せれるので、頷いておく。

 みかんは姉の友人だし家には行ってみたいのだろう。姉もついてくることになってしまった。

 そして、相変わらず生存可能領域が狭い。



 執事がいて、みかんがお嬢様と言われているだけあり、大層な家だということは想像はしていた。

 一軒家が立ち並び住宅街の中、大きさも年代も違うお屋敷が奥に見える。洋風の外観なのだが、瓦屋根と色味が和風という和洋折衷の建築。

 典型的な執事姿の葉梨が出迎えてくると、


「大正時代かな」


 挨拶もそこそこに呟いてしまう。

 昔から名士だったのだろう。内装もスズランの形をした照明、深紅の絨毯と格式高い。

 気後れして、帰りたくなる。

 姉も同じ気持ちだろう。本間の背広をぎゅっと掴んでついてくる。


「予告通り、来たわね! ポンカン! 未完部、未完サークルの本拠地に来るとは褒めて差し上げるわ」


 元気なみかんの声が上から降ってくる。

 螺旋階段に、みかんが立ちはだかっていた。

 オレンジ色のおさげ髪、白いTシャツにだぼだぼなジーンズ素材のオーバーオール。はっきりいって、時代考証が台無しである。

 いくらかほっとする。


「恐れ入りますが違います、お嬢様。物語撲滅委員会の本拠地に来られたのです」


「どちらも違う」


 葉梨とみかんの発言をはらうように、本間は手を振る。


「親の責任というものを言いに来ただけだ。にしても、みかん。やってくれたな。お前が週刊誌に情報をあげた所為で、物語終了課は非難を浴びているぞ」


「とーぜんよ! 本来なら物語を終了させているというだけで非難されるべきよ。未完の物語という無限の可能性をつぶしているのだから」


「無限の可能性? 読者にとっては、作家本人が書いて終わるからこそいいんだ。もしもの可能性の話は同人誌に任せておけ。作家が終わらせなければ、ファンでも理解者でもなんでもない物語終了課が続きを書くんだ」


 などと言っていると、ついついと背広を引っ張られる。姉が頬をふくらませて不満気だ。


「ごめん。忘れていたわけじゃないんだ」

 

 本間は背中に隠れていた姉を、前へとそっと押し出す。


「あの、ね、妹さんも急に来ることになって」


 今まで偉そうな態度をとっていたみかんが階段を駆け下り、姉の手を両手で握って上下に揺らす。

 政治家が支援者に会った時のようだ。言っちゃあなんだが、カリスマ性と変な論理力といい政治家の父の血を受け継いでいるように思う。

 やっていることは正反対だが。


「ようこそ! 物語未完部、サークルの本拠地へ。部屋には古今東西のあらゆる未完作品が集められているの。案内するわ」 


 手を握ったまま、みかんが楽し気にまわり、姉の手を引っ張ろうとする。姉は戸惑うようにこちらを見てくる。


「いってらっしゃい。俺は親に話があるだけだから」


 本人やその友人の目の前で言うのも違う。親は親としてのプライドもあるだろう。

 姉とみかんを見送った後で、本間はキュッとネクタイを締め直した。


 

 迷惑をこうむったのだから、文句をいい改善要求をする。至極もっともなことだが、職場の上の人だとわかっているだけに緊張する。


「失礼します。東京支部物語終了課係長、本間 続です」


 職場じゃないと頭では理解しているが、いつもの癖が出る。ドアから部屋に入り、お辞儀をする。

 それもこれも、自身がスーツなのと部屋が悪い。

 世界征服をするか、国の一大事を決める会議ができるデカいテーブルに椅子。

 大臣は高級そうで重そうな机に、革張りの椅子に腰掛けている。

 先ほどから大臣が、しかめっ面のままでまったく何も言わないのが恐い。威圧感があるのだ。


「あの、はじめまして」


 本間は大臣のもとまで行き、ちょっと引きつった余所行きのスマイルをした。大臣は面白くなさそうに、口元を歪ませる。


「娘はやらんぞ」


「違います」


 極限にまで膨らんだ緊張が地に落ちた。


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