第十五章 ホワイトデーのお返しは、バレンタインデーでもらったもの以上を要求される

第96話 ホワイトデーのお返しは、バレンタインデーでもらったもの以上を要求される

 ホワイトデー。

 テレビでも百貨店でも、扱いはバレンタインデーより小さい。しかし、ちゃんと覚えておかないと女性の反感を買う。

 それがホワイトデーである。


 本間 続は姉からチョコレートをもらっていたので、忘れるなんてことはない。


「姉さん。ホワイトデーのお返しのことなのだけど」


 ほわほわと笑みを浮かべながら、本間は夕食の後に姉を呼んだ。テーブルの向かいに姉が座る。


「ええ」

「姉さんは大学にも合格しただろう。それもかねて服を買ってあげるよ。私服が少ないと困るだろう」

「本当?」


 姉の目が嬉しそうに輝く。

 良かった。喜んでいる。

 本間はほころぶように、にっこりとして万札を差し出した。


「これで好きなものを買ってくるといいよ」


 途端、姉がほっぺたをつねってきた。



 ****



 昔のことを思い出す。

 まだ続が小学生にあがる前。三月生まれの続は、同年齢の子と比べて言葉が遅く幼かった。

 伝えたいことがあるだろうに、言葉が出て来ず、唇を震わせ涙をためて、ギュッとスカートを握ってくる。

 保護欲がそそられ、いつまでもそのままでいて欲しいと思っていた。

 夏美が言うことに素直に従い、褒めてくれるかわいい子。


 夏美が落ち込んだ時にも、

 

「ねぇねに何でも買ってあげるよ。ほら、ばあばにもらった」


 とピカピカの五百円玉を宝物のように掲げ、そう言ってくる。

 五百円で何でもは買えない。けれど、その気持ちが嬉しかった。

 と同時になんてまっすぐに育っているのだろう。羨ましい、ずるいとも思った。

 続はそういった感情を向けられているとは知らず、ニコニコと笑いかけてくれる。


「じゃあ、ねぇねにあげるね」


 と、ポンと手のひらに五百円玉をのせてくる。 

 あの時と本質は変わっていないのだろう。

 だけれども……。



「姉さんは大学にも合格しただろう。それもかねて服を買ってあげるよ。私服が少ないと困るだろう」

「本当?」


 服を買ってもらえるということは、一緒に買いに行くという……。好みの服を買ってもらうのもいいけれど、好きな人の好みのタイプの服を買ってもらえるチャンス。

 

 夏美はぽやんと想像をふくらます。

 続の好みはキレイ系だろうか、可愛い系か、それともボーイッシュとか。

 

「これで好きなものを買ってくるといいよ」


 ふくらんだ妄想を弾け飛ばす言動に、夏美は続の頬を思いっきりつねった。


「いいいいいぃ!」


 昔よりはもちもちしていないけれど、つねりがいのあるほっぺた。


「一緒に服を買いに行くの」


 プレゼントで現金じゃ味気ない。

 現金で自分の服を買いに行っても、普通の買い物と違わない。

 

「女性の服のことはわからないし、一緒に行っても……」


 と行きたがらなさそうな続の頬を、むにむにとつまむ。続は抵抗せずにされるがまま。


「都道さんには何でも言うことを聞いて、私のは聞いてくれないの?」

「は、なぜそれを?」

「都道さんが教えてくれたの」

「とどおおおおおおお!」 


 内容は知らないけれど、あまり良いことではなかったらしい。

 続は顔を青くしている。


「一緒に服を買いに行く時に、あれ着てね。誕生日プレゼント」

「あ、え、ああ」


 続への誕生日プレゼントはサメのトレーナー。夏美のとお揃いである。サメの顔が大きく描かれ、ポケットがヒレになっている。

 ペアルックの完成だ。

 一方、続は青くした顔を赤くする。


「この前、続が物語に閉じ込められた時には、私も頑張ったんだけどなぁ」


 夏美は続から手を離し、両手を軽く合わせて目線を逸らす。

 罪悪感が刺激されたのか、続がわかりやすく動揺した。


「あ、その、あ」

「続が私のことを覚えていなくて悲しかったなあ」


 更に罪悪感をつつく。

 続は「ぐむむむ」と口をへの字にしたり、波立たせる。


「居なかったの心配だったなぁ」

「わ、わかった着る着る」


 観念したらしい。続は赤くした顔を手で覆い隠した。

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