第22話 顔と頭と運動神経が良い奴は、モテるに決まっている



 現実世界ではないので、大抵のことはどうにかなる。

 物語世界は男子校に女子生徒を入学させることもできるのだから、まあ見た目が高校生ならなんとかなる。


 都道は残念ながら顔は良い方だ。頭は高校当時、定期テストで毎回学年一位。高校一年くらいならブランクがあろうとも上位成績はとるだろう。

 警察官だけあって運動神経はいい。いいどころか、喧嘩や武道で負けたところを見たことがない。

 そして、中身が大人だけあって高校生らしからぬ落ち着きと、異性に対する壁や妙な緊張感のない所作と気遣い。

 モテるだろう。

 おまけにテンプレである転校生という属性も持っている。

 主人公は恋に落ちるだろう。そう書いて不自然でないはずだ。

 それで両想いになれば、この物語は終了だ。

 

 本間の読みはほとんどのところ、当たっていた。

 最後以外は……



 都道は主人公の告白に、

「あ、すまん。カミさんいるから」

 と断ったのだった。



「と~ど~う~? 物語世界を『所詮よくできた仮想世界』とか言ってた都道さん?」

 本間は都道の胸倉をつかみ、ゆっさゆっさと揺らす。都道の中身の少ない学生鞄がかったかったと音を立てた。

 ことの顛末は物語が推移していく毎に自動更新していくタブレットの画面で確認済だったので、下校途中の都道を捕まえたのだった。

 物語自体の原本は現実世界にあるが、USBにコピーを取っていたためできたことだ。


「そうだとも。その考えに変わりはない」

 都道は眉一つ動かさずに平然としている。

「な~ぜ~断るなんてことをしたのかなあ? 登場人物に誠実でないといけないと思ったというところか」

「まさか」

 鼻で笑い、

「カミさんに嫉妬されるからだ」

 そこだけは妙に真面目だった。


「仮想の人物なのに?」

「アイドルやアニメキャラで駄目なんだから駄目だろ」

「黙っておくでいいじゃないか」

「それが駄目なんだな」

「それならそうと早く言ってくれ。お前のこと好きだなんだと書いていた俺のことも考えてくれ。ちくしょう」

 と本間は脱力し手を離す。

 主人公のミカ側で書いていたため、不本意ながら都道に好意がある描写を書かざるを得なかったのだ。

 

 都道は腕を組み、考えるような素振りをし、

「ふむ」

 と言った後に手を上げた。

「あ、すまん。カミさんいるから」


「ちげーわ! 屈辱の追い打ちの死体蹴りはやめろ」

「そこまでショックを……。すまん、私は本間君のことは心の底からいい親友と思ってだな」

「その減らず口をコルクでいっぱいにして詰めてやろうか」


 都道は「どうどう」となだめるように微笑んだ。

「まあまあ、番長になって近隣の高校制圧したから許してくれ」

「いつのまに、何やってんだ! ほんと、何やってんだ!」

 物語世界だと思ってやりたい放題、暴れ放題している。

こちとら主人公側を書いている裏で何をしているんだか。

「タバコ吸ってるところを見られてさ。あれよあれよという間に」

「嘘つけ。そんなので番長になるか。よく番長というのがあったな。ドラマか漫画か?」

「物語世界だからな」

 確かに。

 納得しかける。

「というより許してくれって、何も解決の糸口にもならんぞ。それさ」

 はー、と息を吐いて、本間は額に手をやった。 



「あー。いいアイデアだと思ったんだけどな。どうやって終わらせよう」

 項垂れたまま、本間は歩き出す。

「主人公を殺すとか?」

「子供を死なすのは無しだ」

 即刻、却下する。

 

 都道は両手をズボンのポケットに入れた。高校の制服を着ているのもあって、とても似合っている。

「時間かけたら、現実世界の夏季休暇が終わるぞ」

(お前が言うか)

 本間はイラつきそうになる頭を軌道修正する。

 仕事でもトラブルが起きた時は、過去がどうだったかというより、今から何をすれば状況が改善できるかに切り替えた方がいい。

 さっさと書いて、さっさと帰る。それが一番だ。


「時間をかけられないのはわかっている。時間の流れが違うとはいえだ。それから、お金の問題がある」

 物語世界でも宿泊費と食費はいるのだ。現代日本を舞台にしているだけ、同じ通貨が使えるが。

 世知辛い。

「物語世界で何を消費しようが、元に戻れば現実のものは無くならないんだろ。豪遊し放題じゃないか」

 物語世界と現実世界は完全に断絶している。とはいえ。

「ものには限度があるだろ」

 都道の能天気さに嘆息しかない。

 本来やってはいけないことがゆえに、同僚の助けも借りられない状況。

 苦手な恋愛ものというジャンル。

 やるしかない。ことの元凶は自分である。



「ところで、本間君は主人公視点でしかものを書いてないよな」

 都道があごに手をやる。

「そりゃそうだろ。都道のこと書いたって、その通りに動くわけじゃなし」

 現実の人間は、物語の登場人物とは違う。


「あっ」

 都道が突然何かを思いついたような声を出す。

「なんだ」

「夢オチを使え。役所の仕事ではないのだから、大臣承認は関係ない」

 本間は肩を上げて落とした。

「夢オチはそう簡単に使えるものじゃあない。むしろ、危険があるからこそ、」

 言葉は続かなかった。

 ガシッと都道に頭をつかまれ固定される。

「振り向くなっ!!」

「は」

 大音声に思わず本間は身を縮める。

「走れっ!!」

 前に突き出し、都道は手を離す。

 思考を一切させずに、有無を言わせずに実行させる鬼軍曹のような迫力。

 本間は訳がわからないまま、飛び出すように駆けていった。



 

 雲だけ朱色で、深い青の空が広がっている。

 たそがれは、誰そ彼ともいい、夕暮れの人の顔が識別できない時だとも言うという。

 だが都道は距離はあったものの、後方の人物をはっきりと判別していた。

 本間 続が十分に遠くに行ったのを確認すると、ゆっくりと近寄っていく。相手はこわばった面持ちで、鞄をキュッと抱えた。

 それを見て、都道は安心させるように静かに笑った。


「はじめまして、本間 夏美さん。私は都道といって、弟さんの親友です」

 

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