第61話 VRMMOでログアウトできないのは、もはや仕様

 プレイヤーVSプレイヤーエリアの一角。

 広く白い円形のフィールドを縁取るように、黒く透けたテープのようなものが浮いている。

 あの警告文を見た後ですら、多数のプレイヤーが集まっていた。奥の方に大きな翼をはためかせた竜が見える。


 赤いポップのカウントが二十秒を切った時、ざわざわと各々の詠唱の準備が始まる。

 3、2、1、GO!という合図とともに、剣や斧を持った者が突進して斬りかかる。ボスのHPのバーは通常通り下の方に見えた。


「何もできないのに近くまで来はするのね」

 クスクスとGMが笑う。


「誰かさんの所為でラスボスを生成させられた以上、責任はあるんでね」

 本間は皮肉を込めて言った。


「あら?」


 本間はGMの方を見ずに、戦いの様子をそのまま注視する。

 竜の咆哮の後に、全体攻撃の雷が落ちていく。尻尾を振った後に、前方攻撃がいく。いくつかパターンがあるように思えた。


「GMというのは、普通は無個性の恰好をする。全員が甲冑もしくはフードを被って顔を見せないといったように。ゲームマスターというのはプレイヤーに罰を与えたり、プレイヤー間の争いの仲裁を行うがゆえに、一人が特別に恨まれないように同一化する。あなたはただのGMじゃないでしょう」

 

「ポンカンは初心者に思えたけど?」


「本は読みます」

 不機嫌そうに、本間は答える。

「本来ならば、あなたが命令したところで終わるはずだった。あなたが竜化の薬を準備したのでしょう。そうでなければ、頭取が持っていたはずがない」


「勘がいい。いえ、鋭いといったところ?」

 楽し気にGMが笑う。


 ようやく本間はGMの方をちらっと見た。

「かまをかけてみただけです」


 物語の暴走でその筋書きになったという可能性は否定できなかった。100%ではないが、疑いがあっただけだ。


「そう」

 かかったことに、大してショックを受けていない、むしろ嬉しそうにGMは返答する。


「理由をお聞かせ願いたい。人の命がかかっているのに、このようなことをしたのはなぜか。この世界で死んだら、現実でも死ぬということをあなたは知っていたでしょう」 

 怒鳴りはしないが、怒気をはらんだ冷たい声で本間は言った。


 GMは怯むことなく笑いだけを引っ込めた。

「官公庁の人間がそう言う? 政府としては、ログアウトできない理由がゲームのイベントという方がありがたいでしょう。小説のある出来事を再現したイベントとしてね。実際、本当に死ぬと思って参加しているプレイヤーは少ないのじゃないかしら。VRMMOでログアウトできないのは、本やアニメで見ている人も多くそう驚きではない」

 

「俺が許容できないだけです。それはあなたが身近に死んだ人間、もしくはいなくなった人間がいないからできることだ」


「逆を返せば、ポンカンにはそういう経験があるってことね。ご愁傷様」


「どうも」

 硬い声で本間は返す。

「理由を言ってないですね」


「必要なもの? 大した理由じゃないわ。ただ試したかっただけよ。どういう仕組みかどうかは知らないけど、莫大な予算と人をつぎ込んでできたVRよりリアルな世界。実装できてなかった敵もちょうどあったし、どうなるか見てみたいじゃない」

 

 無邪気そうに笑うGMは大人なのに、子供特有の残酷さを感じさせた。都道も時々子供っぽいが、あれは踏み越えてはいけない一線というものをわきまえている。

 彼女にはそれがない。


「一人でも死者が出たら、あなたを告発します」


 沈黙が流れる。

 静寂を跳ね除けるように、GMの笑いが弾けた。

「できるわけがない。中身を特定し、私のしたことで人が死んだと証明することなんて」


 その通りだ。このやり取りに益などない。世間に物語世界のことを言うわけにはいかないので、告発はできない。

 だからこそ、都道は何もするなと警告したのだろう。蘇生アイテムとして知られる不死鳥フェニックスの羽まで持たせてまで心配した。死んでからの蘇生ができると思えないが、ないよりましということだろう。


 これは単なるエゴだ。


(冷静になれ、怒りをぶつけたところで状況は改善しない)

 自分に言い聞かせる。


「笑っていればいい。少なくとも、あらゆる情報にアクセスできそうな友人がこちらにはいる」

 言い過ぎだが、口にするだけタダだ。

 喋りながら考える。最善を。


「あらそう。にしてもいい度胸しているわね。ここで口封じに殺されることを想定していなかったわけではないでしょうに」


「プレイヤーを殺す権限までないでしょう」


「私のことをただのGMではないと言ったのはあなたよ。本当にそう思ってる?」

 GMの口から妖艶な吐息がもれる。目が細められたため、泣きぼくろが際立つ。


 本間は目線だけGMにやる。

(かまをかけ返してきている。おそらく。その手にのるか)


「俺はあなたをカエルにでも人形にでも変化させることできます。一部始終を見られたでしょう。語ることで、あなたを呪います。呪われたくなければ、最終戦の攻撃パターンとギミックを吐いてください。あの竜は未実装だった敵なら、あなたは知っている」


「逆に脅す気?」


「少なくとも、俺はあなたがわからないと言った世界の仕組みについて、よく知っています」


「そう。パターンを知ってどうする気? ここから叫んで説明するの? 聞こえやしないわよ」

 GMが冷笑ではなく、会話を楽しんでいるのは声音と表情から知れた。


「そうですね。説明はしません。説明せずに、人を死なせないよう対処しようと思います。俺に教えた方がきっと面白いですよ。これから何が起きるか、あなたはご承知のとおりでしょうから、つまらないでしょう」


 GMがふっと笑みを浮かべる。

「口説き上手ね」


(それはどうだか)

 ほぼ、はったりである。

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