第26話 推しってなぜか死ぬ
「や、やあカワイイ部下たち、な、何をしているのかな」
本間自身もぎこちないと思うような声が響く。
頬がぴくぴくと動いているような気がする。
遠藤が下がってもないメガネを押し上げた。
「ポンカン係長。物語未完部、敵の陣地に乗り込むのに、係長だけに行かせるわけには行かないじゃないですか! 物語終了課のメンツにかけて」
「そうですよ!」
小牧が合いの手を出す。
(お前ら、よくおめおめとそんなこと言えたな裏切り者らめが! 校舎裏に来い!)
みかんに本間の個人情報を渡したのは小牧で、物語未完部の入部のための誓約書にサインをさせたのは遠藤である。
「ソ、ソウ、キニスルナ。喧嘩するわけじゃない」
白々しく本間の声が上ずる。
「そうですか。何かあったら言ってくださいね。駆けつけます。ちなみに学校の図書館の本はすべて完結の帯をつけまして、私たちの側が勝ってます。心置きなく行ってきてください」
グッと小牧は親指を突き出す。
(帯だとっ!)
なんか前にそういう話を聞いた覚えがあるような、ないような。
「エット、その。前に本屋の本に『怒涛の最終巻!!』とかいう帯をつけたのって……」
知らず知らず、手が震える。
「我々と官庁訪問に来ていた学生でやりました」
「でっす!」
(将来有望の学生に何させとんじゃワレ――!!)
胃痛が痛い、という頭悪い文章が浮かぶほどに痛い。
「あ、あのな。悪戯まがいのことを学生にやらせるもんじゃないと思うんだけどな」
開けば怒鳴りそうな口をなんとか動かす。
「学生さん達、ノリノリで喜んで協力してくれましたよ。ね、遠藤先輩」
「ええ。公務員試験を合格したら、ぜひ物語終了課に来たいと言ってくれましたよ。四月に新人が来るのが楽しみです。期待のホープになりますよ」
期待のホープ、頭痛い。
(嫌だ。そこまでした新人を受けもちたくない。俺は異動願いを出すぞ)
次は物語回収課にでもいってやる。
遠藤は「女子高生と交流してきます」と言ってどこかへ行き(それはそれで不安だ)、小牧は甘いものを求めに別のところへ行った。
「続は部下に慕われているのね。よかった」
あの会話のどこが慕われていると思ったのだろうか。本間には疑問でしかないが、姉がそう思うのなら、それでいい。
「あ、ありがと」
いやでも、今田 みかんに会うまでに精神力を削られ過ぎてないか。
と、その本人の声が大音量で聞こえてきた。
「みんな―! 推しが死ぬのが嫌か―!」
『嫌だ―!!』
見ると、広場の奥のステージでオレンジ色のおさげ髪の子がマイクを握っている。
ステージの前には多くの人がおり、ペンライトを振っている者もいる。
(なにやってんだ……)
気にはなったが、姉に未完部に入らせないのが先決。と違うところに行こうと促そうとしたら、いない。
(姉さん?)
きょろきょろと見渡し、見つけた場所といえばステージ前だった。
本間はがっくりしながら、姉の隣に行く。
みかんの演説は続いていた。
「みんな、身に覚えにあるでしょう。唐突に始まる回想、過去話。ふいにページ数が多くなる心情描写や差し込まれる何気ない日常。深堀されていく登場人物の背景。親しい人との会話。嫌な予感しかしないフラグ。そう、次の展開で推しが死ぬ」
『うわああああ!!』
ステージ前の聴衆が泣き崩れていく。
(や、泣く?)
猫の目のようなジト目で、本間は見やる。
と、隣で姉が泣いていた。
(ええっ)
「小説、アニメ、ゲームにおいて、『田中 芳樹』『西尾維新』『虚淵 玄』『富野由悠季』『ヨコオタロウ』の名前が見えたら、推しは死ぬ。ほぼ死ぬ。推しじゃなくても死ぬ。『田中 芳樹』にいたっては、『皆殺しの田中』の異名は伊達ではない。推しが死なないのは未完作品だけ」
『うおおおおおお!!』
よくわからないが、熱気だけはある。
理解はできないが、勢いはある。
「途中でストーリーが止まれば、推しは死なない!」
『うおおおおおお!!』
「未完最高!」
『未完最高!!』
「未完最高!」
『未完最高!!』
「サンキュー!」
最後に大歓声が沸き、拍手が鳴り止まない。
その拍手の中に姉がいて、本間は頭が痛いのか胃が痛いのかわからなくなった。
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