第18話 ラブリーファミリィィ――!! マイスイートハニィぃぃ――!!


「お前が犯人だと、とても筋が通るんだよ。角戸 完」


 告げられた言葉に角戸は驚きもせず、せせら笑った。

「そうだ、俺が犯人だ。それで、どうすると? 俺には失うものはない」

「へ?」

 予想もしない返答に本間は困惑し、後退る。

 もしも、本人なら殺していないというはずだ。現実の人なのだから。

 言葉を交わした時間は短く、角戸は感情の起伏が激しかったが、目の前の人間が本当に角戸なのかというと違和感がある。

 

 何か見落としていたのではないか……

 

 カブトムシを模した館で、足とツノの先に部屋。

 足は6本なので、ツノと合わせると部屋は7部屋。

 兄、妹、母、父、探偵、佐藤、角戸、本間で8名。  

『絶海の孤島に流れ着くなんて、フツーあり得ねえだろ。アイツが親父を殺したに決まってるぜ』

 という兄のセリフ。

 アイツであり、アイツらではない。

 新しく物語の外から来たのは本間だけだったのだ。


(しまった)

 眼前の角戸は元々の登場人物の角戸だ。現実の角戸は物語に飲み込まれていなかった。

『エラリー・クイーン』、『法月 綸太郎』、『有栖川 有栖』や『辻村 深月』と同じように、作家と同じ名前の登場人物。

 

 真相に気づいた時にはもう遅かった。

 思考を巡らせていて、本間は角戸のナイフに気づくのも反応するのも遅れた。

 

 ナイフの柄が自分の腹部に刺さっているのを見たのを最後に、本間は意識を失った。

 


****


 

 金髪にピアス、穴のあいたジーンズという軽薄そうな姿に似合わず、握られたナイフはぬるりと赤く照っている。

 角戸は無表情で動かない本間を見下ろした。


「オボンアタ――ック!」

 その場に似合わない明るい声が響く。

 茶色い盆がフリスビーのように宙を舞い角戸の手首を直撃し、ナイフを落とさせる。

 同時、佐藤がナイフを蹴り、本間を抱えて引きずり距離をとった。


「間に合ったようね」

 猫耳のメイド探偵は戻ってきた盆をキャッチした。

「いえ、間に合っては……」

 佐藤はべっとりした手の感触に青ざめる。

 本間の懐から、はらりと紙が落ちて端が赤黒く染まった。

「出血がひどい」

 自らの上着を脱いで、佐藤は本間の腹部を圧迫した。


「なにごとだ」

 騒ぎに部屋に帰っていたはずの家族三人が顔を出す。 

「べ、別に集まってくれて、嬉しいとか思ってないわよっ。今から推理するから、ちゃんと聞いといてくれていいのよっ」

 と、メイド姿をした少女、寒田はビシッと指を角戸へ向ける。

「あ、あんたなんか犯人だと思ってないんだからね!」


「あの……」

 佐藤は何か言いかけようとしたが、彼にはツッコミの才能がなかった。

「か、勘違いしないでよね。本当にあんたのことが真犯人と思ってないんだからねっ。角戸は共犯、手伝いとただ悪ノリしただけよ」

 寒田は恥ずかしさに手をバタバタとさせる。


「じゃあ、誰が真犯人ということになんのよ」

 強気そうな妹が口を出した。

 探偵はニヤリと笑う。

「ええ。真犯人は殺害されたと思われている、あなたの父その人よ」


『はあ!?』

 家族三人と佐藤が一斉に寒田の方を見る。

「指紋と虹彩認証が必要なドアで部屋に入れず、窓からも防犯用の面格子と合わせガラスで入れない。あたし達は被害者を窓の外から見て殺されたと判断しただけで、脈はとってないのよ。それで死んだふりに気がつかなった」


「でも、そんなことをする必要があります?」

 佐藤が声を上げる。


 言われるのが予想できていたというように、寒田は頷いた。

「必要?というより趣味ね。犯人の悪癖はサプライズの演出。金持ちだから、金に任せて大規模なサプライズを家族に友人にやらかす。それを後でじっくりみるために居間等に監視カメラを設置するほど」

 そして、寒田はドアの上のカメラに向かって指さした。 


「今も、にやけながらこの状況を見ているはずよっ。出てきなさいっ!」 


 応えるようにドアが開く。

「ラブリーファミリィィ――!! マイスイートハニィぃぃ――!!」

 初老の小太りの男性が、すしざんまいのごとく両手を広げ出てきた。

「びっくりした? びっくりした? いやあ、今回のは力を入れて傑作だったとおもっどふっ」

 母の渾身のアッパーが父を襲った。

「あなたはまた人様に迷惑かけてんのよ―――!!」

 続けてドロップキックが綺麗に決まる。


「あの……。なら、本間さんだけが被害に遭われて……」

 佐藤は揺すれど反応の無い本間を心配した。

「あ、それ、大丈夫。それも演出。マジックで使うような刃が引っ込むナイフ型のスタンガン、に血のりを使っただけだから」

 つい先刻まで深刻な顔していた角戸は、いたずらっ子のように笑った。

「……」



****



 本間が意識を取り戻し一番最初に見た光景はというと、死んだと思われていた父が家族三人に袋叩きにあってるところだった。

「いぎゃああああ、今度こそ本当に死ぬからやめてぇぇぇ」

 健気にも佐藤が家族三人を止めようとしていたが、鬼神のように攻撃を繰り出す母にはどうしようもないようだ。


「一応……どうにかなったか」

 筋書きを描いた首謀者である本間はそう独り言ちた。

 角戸のことは想定外だったが、それ以外は当たるも八卦当たらぬも八卦で仕組んだことが発動した。

(とはいえ……)

 本間はふらりと立ち上がると、角戸の足を払った。

 ボーリングのピンのごとく、すこーんと角戸は頭から倒れる。



 現実世界に戻った本間は、本物の作家の角戸にも同じように足払いをかけたのだった。

 

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