第27話 思っていることは言わないとストレスになる

「係長の本間 続、来たわねっ! ステージ上から見えていたわよ」

 人をビシッと指さし、今田 みかんがどしどしとやってくる。

 なぜか怒っているようだ。

「うちのシマである図書館になんてことをしてくれたわねっ」

「はあ」

 シマとかヤクザか。

 図書館とかなにも……と頭の片隅に部下たちの顔が過ぎる……

「帯か」

「そう! 白状したわね、裏切者っ! 係長という部長の私より下でありながら、なんてことっ」

 係長は部長より下だけど、そうじゃない。


 いや、それより。

「俺は何もやってない」

「しらばっくれても無駄よ。どうせ、前の本屋に勝手に帯をつけたのもポンカンでしょう。こちらがせっかく上とか1とかのカバーをかけたのに」

(やっぱり、お前かよォォ―――!!)

 それ以外にないだろうと思っていたけど。あと、ポンカンじゃない。


「本当にそれも俺じゃないんだよ」

「他に誰がいるっていうのよっ」

「えっとお」

 部下らを出すべきか。そっちに非難がいくならそれもいいかもしれない。

 あいつらは、もともと自分を未完部に売った連中である。

「ほら、前に論戦してた遠藤とか……」

「そう、ポンカンの監督責任ね」

(そうなる――!?)

 叫びたい気持ちを抑える。

「監督責任は暴論だ。自己責任だろ」 


「あの」

 通った綺麗な声が間に入った。姉だ。

 みかんが駆け寄っていき、姉の手をとる。

「あ、夏美ちゃん。来てくれてありがとう。入部申請出した?」

「ええ、さっき」

 姉の言葉に本間はピシリと固まる。


「みかん、ちょっと」

 ちょいちょい、と本間は手招きし、その場から離れる。

「なによ」

 案外、みかんは素直について来た。

 姉には聞こえないよう小声で、本間は言う。

「強引に勧誘したろ。入部するまで、ストーカーして精神的に追い詰めたりしたんだろ」

「してないわよ。そういうことしたのはポンカン係長にだけよ」

 とても嬉しくない。

 自分にだけというのが、また嬉しくない。


「お前に誘われたと聞いたんだが」

「ビラを配っただけよ」

「本当に?」

「嘘つく必要ある?」

 ない。みかんに嘘をつく理由がない。


 頭がぐらりと揺らいだ。

(となると、そうなると。姉さんの意思でということじゃないか)

 未完の物語が暴走することなどそう滅多にない。

 物語終了課は保険みたいなものだ。むやみやたらに物語が暴走していたら、社会が崩壊しているだろう。

 だが、少なくとも姉は未完物語の危険性を知っている。

 なのに、なぜ。 


 最悪のことを考えそうになって、考えたくなくて、ぐるぐると思考がまわる。胃の痛みに体をくの字に曲げた。

「大丈夫? お腹痛いならトイレはあっちよ」

「ああ。ありがと」

 本当はそうではないのだが、そういうことにする。



 木に寄りかかって、へたりこみ、本間は深く深くため息をついた。

 近づいてくる男子高校生がいると思いきや。

「都道」

「よお」

 学生服を着ているとまわりもあって、馴染んでいる。

「何してんだ? 学ランとか着て。しかも日曜に」

「警官が日曜休んだら、泥棒が入り放題だな」

「ああ、すまん。捜査中とか?」

「趣味だ」

(趣味かよおおおお!!)

 肩を落として額に手を当てる。


「ただ、面白い情報が手に入ったな。帯は物語終了課の遠藤と小牧に官庁訪問の学生ら。カバーは未完部の仕業か」

 ハッと本間は都道を向く。

「お前、どこからいつからいた?」

「本間君が門をくぐったあたりかな」

「全く気がつかなかった。溶け込み過ぎだろ」

「ありがとう」

 都道はニンマリと笑って、

「取引をしようじゃないか」

 と言った。


「取引?」

 本間は額に皺をよせる。

「先ほどの情報を黙っておく代わりに、本間君に貸し一つだ」

「俺は何もやってないのに?」

 あまりにも酷い。流れ弾にもほどがある。

「監督責任に、部下が減ると困るのは自分だろう? 姉が未完部に入ったのもあるな」

「うっ」

 胃が、胃が痛い。


「そうだ、一言。本間君とは長年の付き合いだから言うとだな」

「うん?」

「思っていることは言わないとストレスになる」

 

 おっしゃるとおりで。

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