第55話 オンラインRPGの初心者がやりがちなこと
レベル差が大きいとまずいのは流石にわかる。
しかも、この世界での戦闘の仕方を知らない。
(逃げるしかないっ)
本間は反対方向へ走る。逃げる方向にスライムも見えて、斜めに進行方向を変えたが、スライムの戦闘への引き金を引いてしまったらしい。木のモンスターと一緒に追ってくる。
(まずいっ)
と思ったが、足を止めるわけないもいかない。
更に、木の陰にいたスライムや大きなネズミみたいなやつまで引っかけたらしい。
本間を目がけてやってくる。
『【トレイン】
一匹の敵から逃げようとして、他の敵を釣ってしまい多数のモンスターを電車ご
っこのように引きつれてしまう行為。初心者がやりがち。気をつけましょう』
森の奥へ奥へと走ってしまったらしい。
鬱蒼とした木々で薄暗くなった視界の先に、巨大な熊が何匹かのっそりと動いていた。レベル20とある。
(あれに気づかれるわけには)
杖を握り直し、踵を返す。
目の前にモンスターらが迫ってくる。木のモンスターは腕のような枝を伸ばし、ネズミは大きな尖った歯を見せた。
スライムはあの足もない軟体生物のくせして、一番速い。
敵を少しでも減らさなければいけない。レベル1、HP12と書かれているから、なんとかやれるだろう。
杖を慣れている日本刀の構えをして、スライムに打ちつけた。
ぽこっ
と情けない音がして『1』という数字が宙に浮いて消える。
(ダメージ1しか入ってない!!)
対してスライムの攻撃は、
ドスッ
と鈍い音がして『9』という数字が浮いた。攻撃自体はさほど痛くはないのだが、こちらのHPは106なので、十二回以上攻撃されたら死んでしまう。
ゲームならば死んでも生き返るが、今は『物語の暴走』により再現された物語世界だ。命の保証はない。
(死んだら、都道の枕元に化けて出てやる!)
渾身の力を込めてスライムを殴りつけるが、ぽこっと音がして『1』が表れる。
絶望的だ。
スライムの攻撃はまた『9』だ。レベル1の攻撃でこれなら、レベル10とかの攻撃はどうなるのか。
背がぞくりとざわつく。
自分の身長より遥かに高い、木のモンスターを見上げた。青々とした葉を揺らしながらも、腕のような枝は枯れ木のようでいて鋭い。
奥歯を噛みしめた。
と、背後に人の気配を感じた。
「黄昏よりも暗き
青い石を宙に浮かせ、レモン色の髪をした小さな少女が呪文の詠唱をしている。青いドレスに白いエプロン、背には大きな斧が見える。
(いや、それスレイ)
言いかけた言葉を飲み込む。ツッコむところはそこではない。
「呪文長い! 長い! 早く助けて!」
木のモンスターの攻撃を受けて、本間の体力は35にまで減っていた。
枝のリーチが長すぎて、杖の攻撃も届かない。届いたところでというところだが。
本間の声にハッと気づいたのか、少女は背中の斧を取り水平に構えた。
「牙突!」
瞬間移動と紛うかのような速さで木のモンスターへ叩き込む。続いて他のモンスターをも一撃で倒していった。
ダメージ数を表す数字と金貨を残して、モンスターはフッと消える。
「あ、ありがとう」
ギリギリッだったが、命拾いした。
本間は息をついた。
「どういたしまして、ポンカンさん。私はアリスです」
少女はにこやかにそう言った。
なぜキャラクター名を、と思ったが体力ゲージがある画面に名前も載っている。
アリスという名前は、青いドレスと白いエプロンから『不思議の国のアリス』からだろうということは知れた。
自分の背丈ほどある斧は持っていないが。
アリスのレベルは80だった。このゲームの最高レベルは知らないが高い方じゃないかと思う。
少女の恰好はしているが、オンラインゲームだ。今の本間と同じく中身が一致しているわけではない。
最初の呪文は『スレイヤーズ』。『牙突』は『るろうに剣心』。若い子なら『水の呼吸』とか言うだろう。斧で使うかはともかくとして。
自分には姉がいるからわかる。この人の中身は年上の人だ。
少しくらい頼ってもいいだろう。
「すみませんが、今来たばかりの初心者なので色々と教えて頂けませんか?」
「ええ、もちろん!」
とアリスは言いながらも視線は本間の顔ではなく、別のところへいっている。目が期待で輝いている。
「?」
本間は目線の先を追う。自分のふさふさのキツネの尾がふよふよとしていた。
「!」
気づいた時には遅かった。
アリスは自身の身長ほどある大きな尾を抱きしめ、わさわさと撫で始めた。
「ちょっと待てぇ!」
セクハラだ。中身が男だが、セクハラだ。いや、男女関係なく無断で触るのはセクハラだ。
本間はアリスの肩をつかんで離そうとするも、微動だにしない。これがレベル差か。
「すっごく触り心地がいい。ふわふわしてる」
頬を寄せすりすりとして幸せそうな顔をしているが、中身は男か女かわかったものじゃない。女だからといって許すわけではないが。
「おい、コラ! 離せ!」
怒鳴るものの、女性の声でいまいち怖くない。
尻尾がフンッとアリスの頬を軽くはたいた。
「あ、ごめん」
尻尾は自分の意思で動いているわけではないし、アリスが触るからなのだが、本間は反射的に謝ってしまう。
「ふっさふさ。怒鳴られた。もう一度」
「……」
アリスの中身は男か女か知らないが、少なくとも変態だ。
実際には、アリスの中身はキャラクター名を知って追ってきた姉の夏美なのだが、本間 続が知るよしもない。
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