第24話 人の金で食べる肉は美味しい


(何だったんだ、一体)

 本間 続は泊っているホテルのロビーで、苛立ちながらテーブルを指で叩いた。

 よくわからないまま、走らされて。

 本人は中々帰って来ない。

(いや、ホント、何なんだ)

 思考を切り替えて、物語を終了させることを考えた方がいいのはわかっている。理性もそう言っている。

 それでも引っかかるのは、都道が何かを企んでいる気がするからだ。


 正面玄関の戸が開き、制服姿を認めるなり本間は大声で呼んだ。

「都道!」

「やあ、待ってたかい」

 相変わらずの飄々とした態度である。

「待ってたかじゃない。さっきのは何だったか説明しろ」

「ああ、ガラの悪い連中が来たから、全員叩きのめしたのさ。ほら、私は番長だからね」

「は?」

「逆恨みされても嫌だろう。だから顔を見せないようにしたのさ。感謝して欲しいものだね」

「はあ」

 イライラの風船がしぼんでいく。

「だったら、それを言ってくれ」


「まあまあ。夕飯は高級肉を食べよう」

 都道はなぜか上機嫌そうに見える。ノリが軽い。

「はい?」

「いいじゃないか。北九州出身でありながら、小倉牛を食べたことあるか?」

「ないよ。高級和牛だろ」

「じゃあ、食べよう」

 普通に焼肉を食べようといった軽い口調だ。そう簡単に食べられるものじゃない。なにしろ、高い。

「俺は夕飯を軽くすませて、物語の続きを考えて」

「奢る」

 その強力な言葉に、本間は旗色をすぐに変えた。

「ゴチになります」


「人生、美味しいものを食べて楽しむべきだよ」

 と都道は満面の笑みを浮かべる。

「何かあった?」

「いつも通りだが」

「そうだな」

「学生服では酒が飲めないから、着替えてくる。今日は沢山飲んで食べよう」

 いや、本当にいつも通りか。

 どこか狐につままれたような表情で、本間は見送った。


 

 正直なところを言うと、人の金で食べる肉はとても美味しかった。

 

 

****



「なんだ、いや、いいけど。ナニコレ……ん、ん?」

 本間は首をひねりひねりして、ノートパソコンの画面を見つめる。

「やー、良かったな。現実に戻れて」

 ぱちぱちぱちと都道は手を叩く。

 現実に戻れたのはいい。

 だが……

 だが、何も書いた覚えがないのだ。

 口の中でよく融けるジューシーな牛肉を食べ、赤ワインをたらふく飲んだ記憶しかない。


「主人公が親友と結ばれて百合エンドになった。ん?」

 よくわからないが、見事に綺麗に完結している。どういうことだ。

「良かったな」

「毎回こうだといいんだけどな」

「そうはならない」  

 都道がすかさず言った。

 疑念を抱いて、本間は都道の方を向く。

「うん?」

「うん」

「うん?」

「うん」

 都道はそっぽを向く。

 白を切るということらしい。

(絶対、何かやったな)

 本間は深く息を吐いて、ノートパソコンをリュックに仕舞った。


 神社の裏山から下りる。

 物語に飲み込まれることによる人の消失を見せないために、人気のないところを選んだのだが、思惑通り人に会わずに済んだ。

 後ろから都道の声が降ってくる。

「本間君、これで姉が戻ってこなかったらどうするつもりかい」

「諦めるかな。もともと、物語に飲み込まれたかもしれないというだけのことだ。事故にあってどこかで亡くなったかもしれない。もしそうなら、骨だけでも戻ってきて欲しいものだけどな」  

 少しほど間をおいて、

「そうか」

 と返ってきた。


「それじゃあ、また東京で」

 と都道は駅とは反対側の方へと向かう。

「都道? こっちじゃないのか」

「すぐにカミさんの実家へ行かないと。タクシー拾う」

「そうか。悪かったな」

 手を上げて別れた。

 


 鮮やかな夕焼けが空を彩っていた。

 薄い雲が陽の光を受けて一等明るく朱色で、夜は遠いように思える。

 慣れた坂道を上っていく。

 家はもうほど近い。


 いつ現実に戻れるかはわからなかったので、両親に帰る日を言っていなかった。毎年、盆休みには帰っているだけに、文句は言われそうだ。

 特に母親に。

 小言は黙って受けよう。長年連れ添っているだけに、父の対処法が一番の対処法だ。

 本間は家の鍵を取り出すために、背負ったリュックを手元へ持ってくる。


 家の戸の前に誰かが立っていた。

 この周りの住宅街は分譲住宅で同じような見た目の家が多い。

 酔っ払いや子供が間違えることは、滅多にないがある。

「そこ、違いますよ」

 声をかけると、驚いたようにその人物が振り向く。

 その瞬間、リュックサックが手から滑り落ちた。

「姉さん?」

 幽霊かと思えど、足はあるし、透き通ってもいない。長い黒髪に、くっきりした目、小さな口。リボンタイのブレザーに、学校指定の長めのスカート。

 失踪した時となんら変わらぬ姿でそこにいた。

「ただいま」

 抑え気味ながら、落ち着いたよく通る声が響く。十数年ぶりでも、聞こえのよい声で。

 

 唇は震えてたが、これが夢とはならないよう言葉を絞り出す。

「おかえり」

 鼻の奥がむずがゆく痛んだが、涙は出なかった。   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る