第十八章 ファンタジーの中の姉と妹に、現実に姉と妹がいる人は萌えない

第106話 ファンタジーの中の姉と妹に、現実に姉と妹がいる人は萌えない

 あるところに仲のいい大学生の二人がいた。

 ライトノベルとアニメが好きで、本を貸し借りしたり、感想を言いあったりした。とても趣味は合った。


 ただし、一方は現実に姉がいて創作では妹萌え。もう一方は妹もちで、創作では姉萌えであった。

 前者は妹川 正義いもかわ せいぎといい、後者は姉歯 大輔あねは だいすけという。

 

 これは居酒屋で、二人が見知らぬおっさんに絡まれた時の話である。

 

 

【ファンタジーの中の姉と妹に、現実に姉と妹がいる人は萌えない】



「ああ? だからオレをネタにしようとすんじゃねぇよ。姉貴の話は散々しただろうが」


 そう言って、妹川は鳥皮にかじりついた。

 姉萌えの姉歯は時たま、姉の話を聞きたがる。元水泳部で肩幅が広く、ハキハキとして明るく周りの評判も悪くない。彼に彼女がいないのは、その性癖にあるとにらんでいる。


「毎日365日、姉との新しいストーリーが出来ているはずなんだ」


 姉狂いにもほどがある。

 

「あのな。優しく綺麗な姉なんぞ現実にはいねえぞ。オレの姉貴なんて、性格もかわいくもねえ」



「俺の姉さんはかわいい」


 唐突な声に振り向くと、優顏の男がいた。仕事帰りかスーツ姿で、ほろ酔いなのか顏が若干赤い。


(なんだ、このおっさん)


 しばらく固まっていると、おっさんの隣の真っ黒なスーツの男が手をひらひらとさせた。真っ黒な男は自分たちくらい若くみえる。


「やあ、君たちすまないね」


 そして、黒い男はおっさんの頭をつかんで蛇口をひねるようにまわす。くきっと音が鳴った気がした。


(大丈夫か首)


 おっさんが文句を言っていたが、黒い男の「本間君、他のお客さんに迷惑だよ」という正論に閉口した。

 本間と呼ばれた男は、渋々といった様子で日本酒をちびちび飲み始める。特に痛くはないようである。


「一瞬びっくりしてしまったけど、姉のネタを仕入れるチャンスだったんじゃないか」

「やめとけ」

「なら、妹川がネタを提供してくれよ」

「あー、なんでそういう流れになるんだ」


 耳の後ろをかく。

 創作上の姉と実際の姉は違うのだ。何度言ったところで、姉歯は聞きやしないが。


「オレの姉に限らずだな。姉というものは弟に対して横暴で、パシリとしか思ってないぞ」


「姉からのパシリはご褒美」


 ドヤ顔でキリっと先程の本間がのたまった。背筋がぴんとしている。隣の黒い男はなぜか小さなカメラを向けている。


「もし良ければ、気にせず続けてくれ。味玉と砂肝をあげよう」


 黒い男が小声で言い、味玉と砂肝を本間の後ろからまわしてきた。貧乏な大学生であるので、ありがたく頂戴する。

 その分は働かなくてはなるまい。


「それにだな。女に対する幻想が消えるぞ。ガサツでさ。姉貴なんか下着姿で堂々とオレの前を通ったりするし」


 本間が突然カウンターに突っ伏した。


「そんな姿をみたら、目をつぶして東京湾に沈む」


(生きろ)


 大袈裟すぎるし、姉に対する感情としてどうなのかがとても疑問に残る。そして、黒い男はそれはそれは楽しそうに動画を撮っている。

 一緒に飲んでいるのだから同僚か友人なのだろうが、同僚か友人にしてはどうかと思う。

 姉歯というと、ウキウキでメモをとっている。

 良かったな。


「お姉さんが好きなんですね」

「ハイッ!」


 姉歯に対し、本間が子供のように元気よく返事をして顏を上げる。単純だ。

 と、本間はようやくビデオカメラの存在に気づき、レンズを手で覆う。


「おいこら都道、撮影するな」

「撮影の許可は、君のお姉さんからとってあるから安心しろ」

「何を言ってるんだ? 馬鹿も休み休み言え」

「お、なら訊いてみるといい」

「はあ? 撮影の許可を与えましたかって? アホじゃないのか」

「そう思うなら訊いてみたらいいじゃないか」


 都道と呼ばれた黒い男はニヤニヤと余裕の表情だ。

 変な会話だが、本間はスマホを取り出して打ち始めた。アルコールで思考能力は低下しているのだろう。

 すぐにバイブ音が鳴り、スマホの画面を見た本間はまたカウンターに突っ伏した。


「な、許可されているだろう」


 都道がレンズの指紋を拭いて、カメラを本間の方へ向ける。

  

(許可されてたんかい)


 どういう姉弟なのかがよくわからない。普通ではない。

 だが、姉歯は嬉しそうだ。

 二次創作が捗りそうで、本当に良かったな。


「ということは、撮影した映像はお姉さんに渡されると?」

「ああ、もちろん」

「やめろおおおおおお」


 その都道の言葉に、本間がビデオカメラに飛びつく。綱引きをしている状態になる。


「おい都道、さっきのはやめろ。お願いだからやめろ」

「麗しい姉弟愛じゃないか」

「僕もそう思います」


 姉歯が都道の応援側にまわった。


(カオスだ)

 ちゃっかり味玉と砂肝を食い尽くし、妹川はそう思った。

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