第21話 登場人物のモデルはだいたい身近にいる人

 

 絶対ではない。絶対ではないが。

 未完物語というのは、それ以上物語が進まなくなる、どうしようもなくなる時に暴走するのだろう。


 角戸と小牧の例を思い返すと、『怪獣を倒す方法を見つけず放置』、『転生する主人公を何度もトラックで殺す』、『わざわざ解決策を潰すようなまねをする』という、今後の展開が苦しくなるのオンパレード。

 今までそういう作家も部下もいなかったため、傾向に気がつかなかった。

 本来ならば、物語は人を飲み込まない方がいいのだが。おかげさまといえば、おかげさまである。

 あの二人に感謝というと複雑な気分にはなるものの。

 

 おそらく、未完物語の暴走は物語の悲鳴なのだ。

 


「で、物語世界に入ったはいいが。主人公らしき女子高生が、ナチュラルにストーカーしているのはどうしてかな。本間君」

 都道の目はチベットスナギツネになっていた。

 制服を着た男女二人組の後を、あからさまにつけている女子高生が目の前を通る。

 住宅街の道とはいえ、よくバレていないものである。

「あ~、知ってる女子高生を思い浮かべてたら、そういうことに」

 本間の返答に、チベットスナギツネの目はフクロウの目になった。

「ほう、それは詳しく聞きたいものだな」

「や、何にもないから忘れてくれ」

 からかえる奴をからかう習性にある男に、エサを与えてしまったと本間は悔んだ。



【登場人物のモデルはだいたい身近にいる人】 

 


 この物語世界の主人公の名は、今村 ミカ。

 高校生で黒髪でおさげにし、メガネをかけた地味な女の子である。


「どうせメガネを外したら美少女、という設定なんだろ」

 都道の言葉にぐうの音もでない。

 そもそも本間自身は作家でもなんでもないのだから、テンプレどおりになるのは許して欲しい。

 リアル感がないのも許して欲しい。

 自分で言うのもなんだが、三十代の男に女子高生の恋愛ものを書くというのは酷である。


「どうして恋愛ものとかにしたんだ?スポーツものや異能力バトルもの、サスペンスやデスゲームにすれば、勝ったり解決したりだけで済むだろうに」 

「スポーツものは登場人物が多くなりがちで面倒。異能力は設定が考えるのが面倒。サスペンスやデスゲームは人が死ぬだろう」

「それが?」

「それがって」

 都道の言わんとすることがわからない。人が目の前で死ぬのは、誰でも嫌ではないだろうか。

「物語世界というのは、所詮よくできた仮想世界だろうに」

 本間は反射的に言い返そうと口を開けたものの、何も出てこなかった。反論する言葉がなかった。

 都道は本間の反応を見て続ける。

「例えるなら、ゲームの世界で実際に人を殺しているわけじゃないのと同じだろう。私は聞きかじったことしか物語世界のことを知らないがね、本間君。一応忠告しておくが……」


「物語世界で人を殺したくないと思っていると、いつか足をすくわれるぞ」

 本間は息を呑んで、都道をにらみつけるが、冷静な頭の奥底で一理あると思いなおし、ゆるく笑みを浮かべる。

「まあ、その前に終わらせるからいいのさ」

「そうか」

「人が死なないように仕掛けをしないと、自分に危害が及ぶしな」

「本間君が、西部劇や戦争もののに巻き込まれないよう祈る。むしろ私が飲み込まれたいな。敵を全員殺したら、勝利だろう」

 そう言って、都道が微笑した。

 都道がいればそういった物語はどうにかなるだろうが、どうせろくでもないことになるだろうから一緒には行きたくない。



「さて、この物語はどうやって終わらせる?」

 都道は肩慣らしとばかりに腕をまわした。 

「今のところ、まだないんだが……」

 いつもなら、終わりを見越してから書くので迷いはしない。

 今回は物語を暴走させるために、わざと終結させることは考えず、むしろ可能性を潰していった。


 主人公に、幼なじみ、婚約者、小さい頃に何かの約束をして別れてしまった男の子、血の繋がらない兄弟、いきなり同棲するはめになる男はいない。転校してくる登場人物はいない。

 主人公の学校に、モデルをしているやつ、とにかくモテる王子様キャラ、金髪、財閥の御曹司、雨の日に犬猫を拾うやつはいない。

 主人公自身に彼氏が欲しいという願望はなく、親友の女の子の恋模様を心配し応援し、裏工作をするためストーカーする日々。


 我ながらちょっとやりすぎた感はあるが。


 

 悩んでしまった本間をよそに、都道はポケットから煙草とライターを取り出した。

「せっかく北九州が舞台なのだから、一家に一台ロケットランチャー装備とかしてないものかね」

「するわけないだろ」

「一本いるか?」

 都道は煙草を差し出すが、本間は首を振った。

「そういえば、煙草を吸っていたことを忘れてた」

 その元凶である女子高生を思い出しそうになって頭を振る。

「健康でよろしい」

 そう言って、都道は煙草に火をつけた。


「おい、君っ」

 遠くから咎めるような声がして、その方を見ると制服の警察官が歩いてきていた。

 都道はニタニタと笑ってポケットに手をつっこむ。警察手帳がそこに入っているのだろう。

 本間はとっさに煙草を奪い取り、

「あ、警察官さん、すみません。自分の煙草を弟に取られただけで、こいつはまだ吸ってないですし大丈夫です。すみません」

 とペコペコ頭を下げる。

 警察官も戸惑いながら、会釈して去っていった。

「弟?」

 不審な顔をして都道は本間を見る。


 そういえば、そうだった。

 コイツはよく未成年に間違われるんだった。

 

「都道、高校生のふりをして中に侵入してくれないか」

 本間のお願いに、都道はほぅと驚きの声をあげた。


 

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