第2話 雑談の道行き
竜は厄災である。
恐怖の具現。人類の脅威。
天にも等しい力を持つ、災禍の生命。
人々は幾たびも文明を築き上げ、歴史を作り、刻み、残し――そして幾度となく竜による滅びを迎えた。竜は人にとっての悪夢であり、絶望であり、打ち勝つべき敵対者であった。
……が。
そんな竜の一匹が、今や身長百三十もない幼子になっているわけで。
「あ? 何見てんだよ? こっち見んな」
「何でもない」
「何でもないじゃねえだろ。何かあるだろ、オレ見てたんだからよ」
竜としての暴力性の発露か、外見の割にジーヌの口調は非常に荒い。完全に子供という見た目をしておきながら、あまりに口が悪い影響で、可愛らしさを感じたのは旅を始めてほんの数日の間だけだったと記憶している。
『黙れば可愛い』。
これ以上なく適切にジーヌを表した言葉があろうか。いや、無い。
竜としての要素――後頭部に二本生えている巨大な角。山型に合わさった、獲物を噛み千切るための牙。鱗じみた強度の皮膚。尻尾。黒から紅に変化する頭髪――それらウィルナーにとってのプラス評価点をさておいたとしても、ジーヌの容姿は大変に優れている。街の住人達に可愛らしいものを愛でるだけの精神的余裕があるならば、十人中十人は二度見して見惚れ、そのまま二人くらいは告白に至ってしまうレベルの美麗さだと思われる。
大きくも鋭い目。
少女らしい潤いと膨らみを湛える頬。
整った口元、鼻先。
とても人間とは思えない、という表現は角や尾など竜としての要素を持ち合わせているという意味ではあるが、それと同時に美しすぎるあまりという意味でもある。
「いや、確かに何でもなくはないな」
「そうだろ。どうした、何があった。言え」
大変に可愛らしい。黙れば。
だから勿体ないと思ってしまう。
「ジーヌ、君はどうしてそこまで口が悪いんだ?」
「殺すぞ」
ナイフを自らの手首に当てる幼女。脅しのつもりだろうが、自殺願望があるようにしか見えない。
とはいえ実際には、自傷の流血程度ならジーヌにとっては蚊に刺されたようなものだ。そして燃える血を浴びればウィルナーは焼死する。なので、脅しとしては十二分な効果を発揮している。
「いやまあ実際に殺しはしないけどな。戻れなくなる」
「賢明な判断だよ」
「オレは賢いからな」
ジーヌが賢いという発言に関して物申したくはなったが、また脅されるだけなので男は沈黙した。
「雑談はいいんだよ。それより、近いっつった目的地はあとどれだけ歩けば到着する?」
「もうすぐだ」
「さっきも聞いたぞ。三十分は経った」
「三十分しか、の間違いだろう」
「じゃああと何分待てばいいんだよォ」
ジーヌは口を尖らせる。
本当にせっかちな少女である。竜だった頃を加味したらウィルナーより遥かに長い時を生きているはずなのだから、もっと時間に緩くなってほしいものだ。
「オレはなァ、さっさと終わらせたいんだ。正直」
「狩りを? 君の暴力性が輝く唯一無二の機会じゃないか」
「他にも輝く場面あるだろ! きっと! 多分!」
具体例を挙げられないところが弱い。
「本当はオレの世話を全部お前に任せて、ずっとだらだら休んでたい。養ってほしい」
「竜らしからぬ発言だな。アイデンティティを失うだろう」
「今は人間だもんっ」
無理して作り出したような違和感だらけの声だった。
媚びている、というより声帯が錆びている印象。
「…………」
「評価は」
「君が可愛い子ぶると想像より気色悪いな……」
「お前本当に容赦ねえな! 少しは加減しろ!」
涙目で白衣を引っ張ってくる少女、その様子を見てほっこりするウィルナー。大変に可愛らしい。普段の暴言が鳴りを潜めてしまえば、ジーヌは加点オプション増し増しの幼女だ。常日頃から泣いていればいいのにと思う。
「じき目的地には到着するが、その前に、一応伝えておくべきことがある」
「なんだ」
「今回の標的となっている獣だが――依頼を請けた理由は二つ。一つは街への被害が最近になって増加しているため、多額の報酬が見込めたこと。もう一つは、私の研究に有意と考えられる噂が立っていたこと」
「噂?」
首を傾げるジーヌに、ウィルナーは告げた。
「子供の竜を攫って、喰っているらしい」
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