desert city "Tlahuiz"

第11話 協力者の住む街(前)

 砂塵の中を歩く二つの影がある。

 長身痩躯の研究者、ウィルナーと、それに寄り添うように立つ竜の少女ジーヌ。互いの姿を見失わないように手を繋ぎ、二人は砂漠を歩いている。厚手の布で全身を覆い、目元だけを露出させている。それは砂から身を守るためであり、少女の角や尾を隠すためでもある。


「なあこれオレ行く必要あるか? ウィルナーよォ!」

「君が必要なんだ、ジーヌ」

「絶対に?」

「絶対にだ。君が欲しい」

「そ、そうまで言うなら、まァ仕方ないか……」


 森を離れ、西へ向かうと巨大な砂漠地帯が現れる。本来は多くの人が住まう緑溢れる地だったが、帝竜との戦いで自然は燃え落ち焦土と化した。気候をも変えてしまう帝竜の炎により雨は干上がり、ただでさえ死にかけていた土地は完全に息の根を止められた。

 残った人々は居住の地を変え、西の砂漠にはもはや誰も残っていない。

 ――というのがである。

 実際には、誰もいないとされる砂漠の一角には、街が形成されている。生活困難な砂漠の地で生きる人間たちがわずかばかり存在しているのだ。

 二人は街に向かっている。

 清く正しい生活圏を追われた者が集う暗黒街。

 犯罪と研究の街、トラウィスへと。



 ×××



 帝竜メリュジーヌの討伐が影響し、世界は疲弊してしまった。土地は痩せ細り、獰猛な獣は跋扈する。人類は安住の地を失ったかに見えた。しかし、滅亡を逃れて限定的に人々が暮らすことの叶う『街』が、この世にはわずかに残っている。ウィルナーたちの向かう先はそのうちの一つである。

 ただし、トラウィスは教会の目が届かない『実在しない街』だ。世に残る街は通常、聖教会庇護下にあるが、トラウィスには教会という名の抑止力が存在しない。実在しなければ派遣される武力もない。故に、街を追われた者たちが流れ着く場所、犯罪者が集う街として有名だ。窃盗、殺人、もしくは禁忌とされている研究といった罪深い行いを咎められた者は、住処を追われてトラウィスに向かうこととなる。

 ただし、問題が二つある。

 一つ目の問題は、街に辿り着くことができるか。


「何回か来てるが、やっぱ全然分かんねえ!」

「だろうね」

「こっちで合ってるんだろうな?」


 ジーヌはウィルナーに確認する。砂嵐によって、前方どころかすぐ隣にいるはずのウィルナーの姿さえ見えない。手を握っている感触はあるから間違いなく隣にはいるはずなのだが、それでも視覚情報の一切が断たれている状況は致命的だ。

 きっと慣れることはないだろう。

 猛烈な砂嵐こそ、トラウィスに向かおうとする罪人を阻む第一の関門。自身の位置、方角、時間さえ分からなくなる嵐の中に、街の入り口は位置している。


「分からない」

「はァ?」

「本来ならばもう街の入り口が見えてくるはずなのだが、辿り着けない。想定外の事態だ」


「お前いい加減にしとけよ!」とジーヌは叫ぶが、叫んだところで後の祭り。砂嵐の中で迷子になった男と少女の二人組。周囲には砂粒以外の何も見えず、歩く足も重くなってきた。話を聞く限りだと、死まであと五分といったような状況である。


「どうすんだよ!」

「どうしようか。悩ましいな」


 ジーヌの手から伝わってくる力が強まった。表情は見えないが、どうやらかなり苛立っているようだ。早急に対策を練らないとまずい。

 ウィルナーとジーヌは過去にトラウィスを訪れている。その際はすんなりと入り口まで到着していた。だから過去の状況と今の状況を比較して、違いを挙げれば原因が判明するはずだ。

 ウィルナーはすぐに思い当たる。


「……なるほど」

「分かったのか?」

「ジーヌ。君の懐に、ぼたんが隠れているはずだな」

「イルゾ」


 ウィルナーが問うと、くぐもった猪の声が聞こえた。

 過去の二人になくて、今の二人にあるもの。ぼたんの存在だ。


「君が原因で、初めての来訪者と同じ扱いを受けているようだ」


 トラウィスは自然、犯罪者が集まる街である。その特殊性から、初めて街を訪れる場合と二度目以降の来訪では到達難易度に天と地ほどの差がある。一度も街を訪れたことのない旅人が街の門を臨むためには、奇跡のような幸運か気が遠くなる試行回数が必要だ。

 鍵となる順路を踏むまで繰り返す無限回廊。これがトラウィス到達を阻む第二の関門だ。


「初回手順を踏めばいいのだろうが、なにぶん昔のことで覚えていない。手詰まりだ」

「方法はあるだろ。ぼたんを殺せばいい」

「…………」


 反射的に断ろうとしたが、現状を鑑みると安易に却下はできない。

 ウィルナーが街への来訪手順を忘却してしまった以上、トラウィスへ無事到着できる可能性は限りなく低くなってしまった。ぼたん共々全員で息絶えるか、ぼたんを犠牲にジーヌとウィルナーが生き延びるか、という選択肢ならば彼は容赦なくぼたんを切り捨てる。そうせざるを得ない。

 たとえ名前を付けたばかりで、一層の愛着が湧いてきていたとしても、それは優先度の問題だ。


「どうする?」

「……もう少し待ってくれ」


 ウィルナーは言った。ぼたんから緊張感が伝わってくるようだ。即座に否定しなかったことで、自分が殺される可能性があることを理解したのだろう。

 ただ、できれば殺したくない。どうしようもなくなるまで。


「体力が尽きるまでは、試したい」

「分かった」


 ウィルナーの提案をジーヌは了承した。






 刻限が迫る。街にはいまだ辿り着けていなかった。


「ウィルナー……」

「まだだ、問題ない。もう少し足掻かせてくれ」


 心配するような声を振り払い、ウィルナーは歩を進める。

 足が重い。身体が悲鳴を上げている。限界が近い。視界が薄れているのは、砂塵のせいか、それとも倒れる寸前なのか。判断がつかない。それでも歩く。街に辿り着けるわずかな可能性に望みを託す。

 砂が足に絡みついてくるような錯覚。

 重く、絡みついて、動けない。


「もう諦めろよ。無理だろ」

「――――、…………」


 ウィルナーは停止した。

 足元を覆っていただけの砂はすぐに膝まで上がってきて、立ち止まったウィルナーを飲み込もうとする。そんな幻覚が、限界だという何よりの証拠だった。


「……いや。待て」


 違う。

 これは、違う。


「待つも何も、お前――、っ!」


 ウィルナーとほぼ同時にジーヌも気付いたようだ。砂がウィルナーを飲み込もうと膝まで上がってきている、その状況は決して彼の錯覚などではない。砂が、まるで意思を持ったかのようにウィルナーの身体を地面に引きずり込んでいる。


「クッソ……! ざけんな!」


 ジーヌが慌てて引っ張り上げようとするが、砂に足が取られて体勢が維持できない。支えることもできず、ウィルナーとともに砂に飲まれていく。


「ウィルナー!」


 見えない。何も。

 ただ、手の感触だけが二人をかろうじて繋ぎ止めている。

 ウィルナーとジーヌは、揃って砂の中に沈んで消えていった。

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