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第73話 誰の為
「眩しい……」
「心地良い、だろ」
早朝、丘の上。竜の少女と研究者が日光浴をしていた。一方は顔をしかめており、もう一方は穏やかに、対照的な表情を浮かべている。
少女は毎朝、日の出とともに目を覚ます。テントから外に出て、燦燦と輝く太陽の光を浴びる。日々万全の身体で暴力を振るうべく、ジーヌは健康に配慮した生活を送っている。対するウィルナーは、過去の旅路においては大変に不健康な生活を展開していた。夜更かし上等、休息は回路が熱限界に達しない限りは行わず、できるだけ多くの時間を研究に注ぎ込んできた。日が昇れば目覚めるような、生物らしい活動パターンからは外れた挙動である。
さて、では今回の旅路はというと、先述したようにウィルナーとジーヌは二人並んで太陽光を浴びている。これは研究者側の提案に基づいた生活である。ウィルナーは此度の小旅行では、可能な限りでジーヌとの時間を増やしたいと思った。
彼は、準備の時間を含めたこの小旅行を研究の休息期間として設定している。研究をしない。してはいけない期間だ。
金銭面にも食料面にも困らない。研究は禁じている。
この数週間はジーヌの為に費やす時間である。
旅行の初日、今まで旅してきた日々を思い返していて、今更ながらに改めて認識したことがある。ウィルナーは必須時間、食事や睡眠のための時間以外をほとんど研究に費やしている。研究しかしていない。そして研究に関わるのは自分のみ。
要するに、ウィルナーは比較的知らなかった。研究に没頭している間、ジーヌが何をしていたのかを。竜の少女が何をして過ごし、どういう一日を送っていたのかについて、割と未知であったのだ。まったく情報がないわけでもないが、その辺りのことを振り返ろうとすると暴力の記憶ばかりが蘇る。なので、ほぼほぼ未知と言って良い。
ジーヌの為に、ジーヌと過ごす時間を増やす――という話が主体ではある、のだが。同時に、彼の根源的な欲求が訴えていた。
未知は解消しなければ。
「太陽を浴びることそのものへの心地良さは無いね。あるとすれば、君と語らう時間が得られたという充実感か」
「……ふうん。そうかァ」
日光浴は微妙、隣にジーヌがいるから楽しい。
好きで習慣化しているところもあっただけに返答を迷った少女だったが、最終的にどちらとも付かない言葉を返す。
「何もしない、ってのもいいもんだけどな」
「そうか。君は何もしていないのか」
「そりゃそうだ、寝起きですぐ頭動かすってわけにもいかねェだろ。……あー、ウィルナーの場合はそうでもねえのか」
ジーヌは隣で横たわる男を眺めた。
半ば以上に機械と化したこの男であれば、思考の立ち上がりは普通の生物よりもずっと軽快だろう。目覚めの時間など不要で、即座に平常時の思考速度を発揮できるのかもしれない。
「ってことは……お前は何かしてんのか? 考え事?」
「ああ。今は、すべきことを整理している」
「すべきこと?」
「そうだ」と研究者は上半身を起こして頷いた。
ウィルナーは、今回の旅で達成すべき事柄をいくつか定めていた。
最優先で達成すべきは『ジーヌにウィルナーの想いの強さを理解してもらう』事。できることをひたすらに考え実行すべきだという焔の男のアドバイスに従い、試行錯誤を繰り返すつもりでいる。ひとまず旅での雑事は丸っと担当する予定だ。
続いて『ジーヌの日常を知る』事。大切だと言っている相手、ましてや研究対象である。未知の項目があってはならない。未知は恐怖だ。ウィルナーは死よりも未知を恐れている。それとやはり、単純に好きな相手のことは残らず知っておきたいという欲求が高まっていた。
「想いの強さは今後の行動で見るとして……、日常を知る。かァ」
ウィルナーの言葉を聞いて、少女は納得いかなそうに声を漏らす。
「知らないわけはないと思うんだよな。だってメリュジーヌと同じことしてるんだぜ?」
ごろごろと転がって移動、ウィルナーの脚の上で腹這いになる。そのまま身体を寄せると、男の胸に抱きついた。胸板に頬を擦り付ける。日光浴で気分が穏やかになっているせいか、ジーヌの距離がやたらと近い。あまり頭が働いていないのかもしれない。
メリュジーヌは少なくとも頬を擦り付けたりはしなかったな、と記憶を辿りながら、
「同じことをしている、と」
ウィルナーは少女の言葉を繰り返した。
「あァ」
「君の意思で?」
「……何が言いたいんだよ」
少女が男を睨みつける。とはいえ腕は外さず身体も離さず、絵面は抱擁状態から変化がないので、特段緊張感が漂ったりもしない。
ウィルナーがジーヌの頬をつまむ。左右に伸ばすと想像の倍くらい伸びた。そのうち頬の表面温度と精神状態による伸縮性の変化について調べてみようと思った。
「これは君というより私の問題だな。自分の心をはっきりさせよう、という話だよ」
「ぼやかすな。分かりやすく言え」
「私はね。君のことが好きだ」
急に告白され、ジーヌが頭から湯気を噴いた。
「けれど……」
「ど?」
「君とは誰のことなのかが答えられない」
少女の表情が硬直した。
普段ならばすぐにでも怒り出しそうな発言を前に、ジーヌは動作を停止させた。
「私は君に二つの影を見ている」
最強の竜メリュジーヌ。
竜と人の血を継いだ子、ジーヌ。
ウィルナーは目前の少女に二つの姿を重ねている。二人分の面影を重ねてしまっている。どちらも好きで、どちらも残したかったが故に、少女へ向ける想いに両方の好意を混ぜ込んだ。
だが、それでは本来いけないのだ。
少女は一人。
二人分の想いを一緒くたに乗せるなど、不義理に過ぎる。
「だから、この旅行の最後に――」
すべきこととして掲げた、最後の一つ。
最後にして、最重要。
ジーヌが過ごしてきた日常を知り、ジーヌに想いを伝えた上で、その曖昧さを解消する。
研究者には疑問があった。
少女は帝竜メリュジーヌの脳を食い、記憶を、意識を、あらゆる要素を引き継いだ。新たな肉体のメリュジーヌとして生まれ変わった。記憶を継承した結果、自分は帝竜メリュジーヌであるという強烈な自我が芽生え、少女をそのように主張させている。そう思っていた。だからウィルナーも、少女をメリュジーヌの生まれ変わりだとして応対している。
もしかしたら。
逆なのではないだろうか。
少女に自我が、個があって。メリュジーヌの意識や性格、好意を引き継いでいた――客観的な視点をもってメリュジーヌとしての過去を閲覧できる状態にあったとするならば。
――『メリュジーヌ。私の恋を、叶えさせてくれないか』――
――『ウィルナー。オレはきっと、お前のことが好きだったんだろうな』――
少女は、メリュジーヌとウィルナーの恋を成就させる為に、自身が少女だという自我を捨ててまでメリュジーヌであろうとしていたのではなかろうか。
そんな予感。
確信と言い換えてもいい。
すべてはウィルナーの優柔不断さが原因だ。最初から少女がメリュジーヌの生まれ変わりではないと知りながら、結論を先延ばしにしてきた。ある意味では研究に、そしてやはりジーヌに甘えてしまっていたのだろう。
この数週間は、少女の為に費やす時間だ。
甘えることをやめて、存分に悩み、時間を使って答えを示そう。
ウィルナーは少女に告げる。
「私は誰を愛しているのか、君に伝えようと思う」
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