第14話 浴場の告白
浴場ではウィルナーがジーヌの全身を洗っていた。
湯に浸かる前に身体を綺麗にすべきだとウィルナーが提案し、ジーヌは黙って頷いた。腰に薄布一枚だけを身につけただけの研究者は、浴槽から手桶で湯を汲み、ジーヌの指先から掛けていく。そうやって一旦少女の身体から砂を流し、残ったものは丁寧に洗って落としていく。
頭も身体も、角から腕、足まで少女の身体はすっかり泡だらけである。
その間、ジーヌはずっと口を閉ざしている。
「痛くないか?」
ウィルナーの問いにも頭を振って返答。今回は縦に首を振ったので、洗う際に擦った肌は痛くなってはいないようだ。このようにイエスかノーかは分かるので十分に意思は伝わる。が、喋らない理由でもあるというのだろうか。
たとえば、とウィルナーは考える。
帝竜メリュジーヌは炎を繰る竜だった。
大量の水が苦手だとか。
昔は大丈夫だったが、少女になってから苦手になったとか。
無論、そんなわけはない。
メリュジーヌがいくら炎を繰る竜とて清潔さを保つために水浴びはする。
だから理由は別にある。
鏡の前で小さな椅子に腰掛ける少女と、その後ろから丁寧にその身体を洗う男。一見すると穏やかな父と子の一幕にも思える構図だが、沈黙する少女の目は鏡に映ったウィルナーの身体に釘付けだ。子とするにはあまりに俗っぽい思いでジーヌの感情は満ちていた。
つまりそれが、黙っている理由。
少女は我慢しているのだ。
ウィルナーの身体がすごい良い。
あばら骨の浮き出ている細身の肉体が恋しい。
握りしめたら簡単にへし折れそうな細腕が愛しい。
頭皮に触れる指先が心地良い。
弱々しい肉体が、たまらなく素敵だ。
「…………。やべ」
無意識のうちに口元から溢れていた涎を拭う。
ジーヌはウィルナーの思考、性格、そういった内面的な部分を好きになった。細い貧弱な身体には興味がない。どころか、もっと筋肉つければいいのにと思っている節さえある。あったはずだ。
だが、現在のジーヌはウィルナーの身体にも魅了されている。好きな部分はどこかと問われた場合、心も身体も全部とか甘々な返しをしてしまいそうなほどには好意的だった。なんとか我慢を続けているが、これ以上接触が増えると耐えられなくなる。相当に限界が近い。
「うん。綺麗になった」
ウィルナーの指がそっとジーヌの頬を撫でた。
「あ……」
骨ばった指がジーヌの心を刺激した。
限界突破である。
「ウィルナー」
「どうした、ジーヌ」
「オレ、お前に抱きしめてほしい……」
歯止めが効かなくなったジーヌの言葉が、ウィルナーに飛びかかる。暴言ばかりの少女からは考えられないほど、艶っぽい魅惑の声であった。
「急にどうした。気味が悪いぞ」
「そうそう……お前はそういう奴だよな……」
釣れない様子のウィルナーに、ジーヌはなおも欲望をぶつける。
「撫でてくれ」
「話を聞いてくれ」
「構ってくれ」
「オレを研究に活かしてくれ」
ジーヌは欲求を口にする。
撫でろ。構え。オレを必要としろ。
しかし、それ以上は無い。
竜の少女は本質的に、人間の男女がどういう感情と行為をもって愛を紡いでいるのか理解していない。好きだと言葉にすれば恋なのか、契りを交わせば愛なのか、完全に理解することができていない。
竜の特異な理解力をもってしても。
しかし、恋を理解できないことは決して異常事態などではない。当たり前のことだ。
人間という種そのものが恋や愛という現象への解を持たないのだから、答えのないものを理解することは決して叶わない。人間は恋愛感情を理解するのではなく、それぞれが独自に解釈しているのだ。理解ではなく解釈。絶対的な解はなく、個人に依存する答え。そのことに気付かない限り、ジーヌは彼女なりの正解を見出すことすらできない。
ずっと隣にいてほしい。
話に付き合ってほしい。
構ってほしい。
面倒を見てやりたい。
必要とされたい。
抱きしめてほしい。
これらは経験に基づいた思考だ。過去、嬉しいと思ったからこそ、求めるようになった願いである。
だから、少女が疑問を持って、自身の恋心の探究――ウィルナーと何をすることを恋と呼び、喜びが発生するのか。愛が通じ合うには、どうすればいいのか――に取り組まなければ、少女の行為はウィルナーが取った行動の模倣にしかならない。
つまり、現時点においては。
結局ウィルナーが手を出さない限り、サイカの望む状況には陥らないのだった。
「はぁ~! じれったいわねぇ~!」
サイカは自室で独り言ちる。
想いを告白しながら、そこから先に至ることのない二人を壁面映像を通して見守っている。手をわきわきさせて、えっちな雰囲気にしてやりてえとの思いを大声で吐露している。実際だいぶえっちな雰囲気にはなっているはずなのだが、だからこそそれ以上進展しない二人の関係性にやきもきしている。
「追加! 追加しましょ~」
胸元から小さな端末を取り出して操作する。浴場に桃色の怪しい霧が充満した。ジーヌに盛った薬物の濃縮版である。
ジーヌはウィルナーと向かい合う。腕を握りしめて、真っ直ぐ男の目を見る。
「ウィルナー……。オレ、は……」
「よし! いけ! ジーヌちゃん、告白だぁ~!」
愛している、と言えば流石のウィルナーも手を出すに違いない。
酩酊状態を引き起こす飲料片手に、塩辛い加工食品をつまみながらサイカは腕を突き上げた。
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