daily life 2
第17話 少女の日常
近々竜同士の争いが起きると知らされたところで、当然ながらウィルナーとジーヌの生活が劇的に変化するようなことはない。日常は、意識的に変えようと思わない限り変わらないからこそ日常と呼ばれるのだ。
「起きろ! ウィルナー!」
ジーヌの声を合図にいつもの朝がやってくる。薄汚れた白衣を着た男は、機械じみた動きでお決まりの運動をきっかり三十秒こなし、朝食を済ませる。ジーヌが料理を手伝ってくれたことは何度かあったが、すっかり完成を待っているだけの状態に戻ってしまった。
嫌気が差した。
もとい、ウィルナーの反応が薄いので飽きてしまった。
料理というのは快適な生活に必要な行為であるが、それと同時に誰かの為を想って行うものでもある。
ジーヌが料理をするのは、ウィルナーの為を想ってだ。故に継続的な料理には男の反応を必要とした。最初のうちはしっかり喜びを伝えていたウィルナーだったが、次第に返しは控えめになった。反応を求めている行動に対して無反応が続けば熱意を失うのは至極当然であり、ウィルナーはその辺りへの配慮が割と足りなかったのだ。
朝食を済ませると、ウィルナーは研究を開始する。サイカから預かった資材でアップグレードした環境、試せる実験も多くなった。ジーヌのこと、ぼたんのこと、竜を取り込むことで細胞に生じる変質、特徴の抽出やら何やらやりたいことは山ほどある。
男の心は研究熱に燃えている。
となると。
必然、ジーヌはとても暇になる。ウィルナーの背中に引っ付いて、何も考えず様子を見守る。
暇なら研究を手伝えばいいのではないのかと思ったことはある。その日のタスクが早く片付いたならば、自分を構ってくれる時間が増えるのではないかとジーヌは考えた。そして驚異の理解力をもってウィルナーの研究に協力してみた。
すると、片付ければ片付けるだけ次のタスクが登場したのである。竜の耐久度試験でもしているかのようなこき使われ方だった。永遠という言葉の重さをあれほど痛感したことはない。ウィルナーの興味が向かう先は際限なく広がっているようだと学んだ。
そういう経験を踏まえて、竜の少女は研究を手伝う気がこれっぽっちもない。
なので暇を持て余している。
「そもそも、ぼたんはどうやって……」
「暇だ、構え。噛むぞ!」
噛むぞ、という奴はだいたい既に噛んでいるものである。
例に漏れずジーヌが頭を齧りながら言う。
「暇ならたまには竜の話でもしてくれ。君以外の竜の話とか」
頭からの流血を意に介さず、ウィルナーは返事をした。
「他の竜と仲悪かったから話せねえ」
「親や友、一人くらいは良好な関係性があるだろう」
「ねえよ」
「……君は寂しい王だったんだな……」
ガチめに同情された。ジーヌはちょっとだけウィルナーのことを殺したくなった。
心を落ち着けてから返答する。
「竜だって生まれたばかりじゃ弱いのが普通だが、オレは生まれた時点で強かったんだ。だから親からもすぐ離れたし、小さい頃から他の竜の縄張りを奪ってた。自分のことをブチのめすガキと仲良くなる奴なんていねえよ」
だからウィルナーを好いてしまったのだ、と続けそうになって慌てて言葉を飲み込んだ。
サイカの一件以来、口が軽くなってしまってまずい。簡単に好意を口にしてしまいそうになる。別に好意を知られたところで問題はないはずなのだが、ジーヌはあまり自分から主張したくなかった。以前トラウィスの街で書庫を訪れた際、適当に手に取った謎の文献に『告白した側とされた側では上下関係がはっきりしてしまう』との記載があった。関係性においてたとえウィルナー相手でも誰かの下には付きたくない。なので主張は控えている。
さておき、明らかに今伝えたじゃんみたいなタイミングで好意に気付かれないのもそれはそれでムカつくのだが。
元竜であっても乙女心は複雑なのである。
「お前はどうなんだ。ウィルナーよォ」
「私か。私は……」
ジーヌに尋ねられ、ウィルナーは自分の関係について思い返してみた。
「生まれ育った街では石を投げられ、一人で旅に出てからは人と会うこともなかったな」
「似たようなもんじゃねえか」
「オマエラ……」
猪が悲しい目を向けてきた。イラついたので炎で炙っておいた。
「そうだね。私たちは似ているのかもしれない。だから親しくなれたのかも」
「べ、別に似てなくたって……」
「オアツイナ」
地面を転がって身体の火を消した猪が言った。事あるごとに炙っているせいか、徐々に対応速度が上がってきている気がする。
イラついたので追加の炎で炙っておいた。
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