第65話 好意の伝達
「というわけなのだが、私はどうすればいいのだろうか?」
「ふむ!」
トラウィス街中の喫茶店。コーヒーをすするウィルナーと向かい合う形で焔の男。男は目をかっと見開いて叫んだ。
「分からん!」
相談相手の選定を間違えただろうか、と内心で渋い顔をする。
「子供たちと遊んでくる」と家を出たジーヌを見送ったのち、ウィルナーはこの喫茶店を訪れた。待ち合わせの時間には少々早かったが、待ち合わせた相手である焔の男は既に店内にてくつろいでいた。こちらを見つけると、にこやかに手を振る。
相変わらず元気で爽やかな男だ。
「しかし、ずいぶんと難しい質問だな! 誰に訊いたとしても、とてもまともな答えが返ってくる問いには思えない!」
ウィルナーは焔の男を呼び出した。
呼んだ理由は無論、ジーヌとの休日の過ごし方についてである。
ジーヌに甘えている現状を指摘されたウィルナーは、積極的に想いを行動に移さなくてはいけないことになっている。ウィルナーはジーヌを喜ばせるための行動を取る必要がある。
ウィルナーは一晩かけて考えた。
喜ばせるための行動自体は問題ない。長らく行われてきた検証作業のおかげで、竜の研究者は少女が何を好むのかばっちり把握できている。効率的に少女を喜ばせることはできる。
できる、が。
はたしてそれで良いのだろうか、との疑問が生じた。
喜ぶことが確定した事項を連続して行えば、相手を喜ばせるという目標は達成されるだろう。だが、喜ばせることは想いを伝えることとイコールであるのか、否、それらは異なるはずだ。喜ばせたいと思う思考は少なからず好意の発露として認められるが、好意の程度を知ることはできない。恋であれ、愛であれ、友として親しみを覚えているだけでもその思考は発生し得るのだ。
ならば、確実に恋を伝えるにはどうすればいいのか。
愛していることを伝えるにはどうすべきか。
「『想いを行動に移すとは何をすればいいのか』」
ウィルナーが再度問う。
「ただ機械的に相手を喜ばせるのは、何か違う気がしてならない」
「……俺の頭では答えが出せない、と諦めた上で尋ねるのだが。こういった難題であれば、サイカ様に訊くべきではないのか?」
「サイカにはもう尋ねた」
研究者は首を横に振る。
ウィルナーの疑問を聞いたサイカは、満面の笑みで「たくさん悩むといいわぁ~」とだけ返した。答えを知っている様子ではあったが、教える気は全くなさそうだった。
「サイカの助手をやっている君は、何か思うところがないかと思ってね」
「ウィルナーさんの方が付き合いは長いだろう!」
「一理ある。が、私だけでは状況を打破できないのも事実だ」
「……ふうむ!」
「…………」
両者、沈黙。思索にふける間、コーヒーばかりが消費されていく。
「……根本的な話をしたいのだが、いいかな!」
「ああ」
「サイカ様の真意を探るよりも、ジーヌちゃんに何ができるかを悩んだ方がいいのではないだろうか!」
「…………、なるほど」
確かにその通りだ。
想いを行動に移すとは何をすればいいのか、現時点でウィルナーは分からない。未知である。方々に訊き回っても答えが得られないというのならば、未知をなくすために行動と検証を繰り返すべきだ。
先ずは喜ばせる。それも好意の一要素ならば、喜ぶことが確定している行動をひたすらに続ける。そして想いが伝わったかを確認した上で、足りないと言われれば思考する。何をすればいいか、考えて行動し反応を確認する。反応をフィードバックし、思考を続ける。
研究と同じことだ。
研究でいつもやっていることだ。
どうにも恋とか愛とかが関わってくると、事象の認識が不安定になってしまう。今後はしっかり認識しようと胸に刻みつつ、席を立つ。
「ありがとう。今後の行動方針は定まった」
「大したことはしていないが、役に立ったのならば良かった!」
ウィルナーはコーヒー代をテーブルに置く。「これで支払っておいてくれ」と告げ、今にも駈け出さん勢いで立ち去っていった。急ぎ少女と合流し、喜ぶことを一通りこなすつもりなのだろう。
焔の男はウィルナーの背を見送り、支払いを済ませるべく店員を呼ぶ。
「――っと!」
風が吹いた。
代金が飛びそうになり、焔の男は慌てて宙に浮かんだ紙幣を手に掴んだ。
焔が紙幣を覆い、あっという間に塵と化した。
「…………、…………」
店員が伝票を持ってやってくる。
焔の男は金を持たない。身体から炎が出ている、そうでなくとも表面温度が非常に高い関係で、基本的に特注耐火性の白衣以外のあらゆる物品を燃やしてしまうからだ。
ウィルナーから渡された金は燃えてしまった。
つまり。
状況としては。無銭飲食である。
「……少し、待っていてくれないか」
その頃、ウィルナーは子供たちと遊んでいたジーヌに合流して猛烈なアタックを仕掛けていた。
子供たちはテンション高めに野次を飛ばしていた。
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