第71話 気遣いの有無
「タスケテ……」
「うちに戻ってくれば良かっただろう」
「フタリノ、ジャマスルノモ……ワルイカナ、ッテ……」
本当に気の回る猪だ。
子供たちからぼたんを保護する。しばらく帰ってきていないとは思っていたが、案の定延々とボール扱いを受けていたようだ。最初こそ楽しかったが、途中から飽きてきたし子供たちの扱いは酷くなるばかりだし硬い皮膚も痛み始めていたのだが、ジーヌの幸せ生活を壊したくなかったので我慢していたとのこと。気が回りすぎるのも考え物だ、とウィルナーはぼたんの頭を撫でた。土で汚れた丸猪は、研究者の手から優しさを感じ取って涙した。
旅の準備を整えるべく買い物に赴いていたウィルナーとジーヌだが、食料品を購入しているうちに思い出す。予備食料、もとい喋る猪ことぼたんを放置し続けていた。これからウィルナーたちは短い旅に出る。竜の少女の意向で小旅行にぼたんは連れていかないが、さすがに状況把握くらいはしておきたかった。
子供たちに遊び道具にされていたことまでは把握していたため、回収に赴く。ジーヌは「面倒だからいいや」と荷物運びを請け負い、商店を出たところで別れた。いつも子供たちがぼたんで遊んでいる空き地へ向かうと、無の表情で地を転がる猪を見つけたのであった。
「ウィルナーさんに返すのはいいけどさ、だったら代わりが欲しいんだよね」
「依頼じゃん! 依頼!」
「もっと蹴り心地が良い球がいいよな」
ぼたんを返してほしい旨を伝えると、子供たちは口々に言った。
店で販売しているボールを調達すればいいと思っていたのだが、それでは不足だと子供たちは返答した。ぼたんのボールとしてのポテンシャルは大変に高いようで、ぼたんに慣れてしまった今では普通のボールで満足できないという。典型的な、一度上がった生活水準を下げられない症状だった。
「ならば、こうしよう。一旦ぼたんは預かる。そして代わりに買ってきたボールを渡す」
「嫌だって言ってるのにー!」
「結論を急ぐな。そのボールは一時的な対応だ。私とジーヌはこれから三週間程度、旅に出かける。旅で集められる素材を活用して、ぼたんより素晴らしい最高の球を用意する。それを君たちにプレゼントしよう」
「最高の……」
「ボール……!」
子供たちが目を輝かせた。最高という言葉に釣られてくれたようだ。
「それならいいよ! ウィルナーさん、期待してるからね!」
「ああ。楽しみにしていてくれ」
ぼたんがほっと一息ついた。しばらくはボールにされることはないと安心したのだろう。
近くの店で購入したボールを子供たちに渡し、帰路につく。
「ウィルナー」
「うん? どうした」
「サイコウノ、ボール……ツクレルノカ?」
研究者の腕にくるまれたぼたんが尋ねる。ウィルナーの研究は幅広いが、万能というわけではない。子供たちが満足する球を作れなければ、ぼたんがまたボールに逆戻りすることにもなりかねない。不安の解消、長期的な安心を得るための問いかけだ。
「おそらく作れるだろう。多分」
「シンパイダ……!」
ぼたんは震えていた。
縮こまる猪を問題ない、きっと大丈夫だと励ましながら家に戻る。その道中、ジーヌを発見した。家の手前、道端で座り込んでいる。少女は手に持った一輪の花を真剣な表情で見つめていた。普通ならウィルナーが後ろにいると気付きそうな距離だが、よほど集中しているようで、こちらを見向きもしない。
「好き……嫌い……好き……」
小声で呟きながら花びらをむしっている。
ウィルナーは少女の行動に覚えがあった、いわゆる花占いというやつだ。一見して花弁の総数が分からない類の花を用い、花弁を一枚一枚むしり取っていく。それと同時に好きか嫌いかの二択を連呼していき、最後の花弁を手にしたときの選択肢が回答となる占い事。
対象の好き嫌いを占うものなので、ジーヌの意中の相手ことウィルナーの感情が既知である以上花占いの必要はない。ないのだが、きっと子供たちから教えられて試しにやってみたくなったのだろうと推測した。
好き、嫌い、の掛け声に合わせて花弁が少なくなっていく。数が明らかになるにつれて、ジーヌの顔色が悪くなる。花びらをむしる速度も落ちていく。眺めているだけのウィルナーにも理由は分かった。このままいくと最終的な回答が嫌いになる。
分かっている、分かっているのだ。最初から答えありきの占いだ。ウィルナーはジーヌのことを好きなのだから、花占いの答えがどちらであったとしても何一つ影響はないのだ。理解している。
それでも竜の少女は先に進みたくない。
どんな些細なことであっても、ウィルナーが自分を嫌っているという回答を示されたくない。
けれど、花弁は一つまた一つと減っていく。
「好き……、…………。……きら……」
最後の花弁を手にして、言葉を止める少女。後方で腕を組んで見守る研究者。
「い、っ……」
少女は花弁をむしり取った、直後――
「好きィーッ!!」
――茎を真っ二つに裂いた。
いやそれをカウントするのはどうなのか、と突っ込む前にジーヌは花を投げ捨てて唾を吐いた。下らない占いなどではオレの心は揺さぶられないぜ、と強い言葉を放っている。嘘をつかないでほしい。
「……ん?」
「やあ、気付いたか。ぼたんを取り返してきたよ」
「…………、見てたか?」
「当然見ていた。なかなか興味深い催しだった」
「なるほどな」
なるほどな、と少女が言ったことまでは覚えている。だが、それ以降の出来事はウィルナーの脳に記憶されておらず、目覚めたときには自宅のベッドで寝かされていた。
旅荷物の準備は一通り完了しており、ぼたんに留守を頼めば明日にも出発できる状態だった。いつ準備を終えたのだろうかと首を傾げたが、きっと眠っている間にジーヌが終わらせておいてくれたのだろう。ジーヌにはいつも助けてもらってばかりいる。
「じゃあぼたん、明日から家を頼む。……どうした?」
「ナンデモナイ」
ぼたんはジーヌを見て酷く怯えていた。
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